西暦 年号 干支 改元 天皇 武家 年号(B) 改元(B) 天皇(B) 聖寿・聖滅 歴代 富士門下事項 門下・一般宗教事項 国史事項 備忘録
1222 貞応 1 壬午 4.13 後堀河 北条義時 御歳 1歳
2.16 大聖人安房小湊に誕生。幼名善日磨(聖587・579) 7月 鎌倉大地震
1223 貞応 2 癸未 後堀河 北条義時 御歳 2歳
2月 道元入宋(道元録) 5月 幕府土御門上皇を阿波に遠流(吾妻)
1224 元仁 1 甲申 11.20 後堀河 北条泰時 御歳 3歳
1月 親鸞教行信証を著す(高統)8.5 幕府専修念仏を禁ず(皇記) 6.13 北条義時卒62(吾妻)
1225 嘉禄 1 乙酉 4.20 後堀河 北条泰時 御歳 4歳
9.25 慈円寂71(座記) 6.10 大江広元卒78(吾妻)7.11 平政子卒69(吾妻)10.29 朝廷新制36条を下す(百錬)12.21 幕府評定衆を置く(関評)
1226 嘉禄 2 丙戌 後堀河 北条泰時 御歳 5歳
1.27 源頼経征夷大将軍に任ぜらる(公補)8.1 幕府准布を停め銅銭を通用せしむ(吾妻)8.26 太政官文殿焼失(百錬)
1227 安貞 1 丁亥 12.10 後堀河 北条泰時 御歳 6歳
6.24 山徒法然の墓を破却(百錬・全26・全89・全103)7.6 法然弟子隆寛・幸西・空阿等遠流(百錬・全91)10.11 山徒選択集の印板を焼く(全26・全89・綱義)冬 道元帰朝(道元録)隆寛寂80(隆伝) 4.22 内裏焼失(百錬)5.1 高麗より牒状来る(吾妻)5月 北条時頼生る(吾妻)
1228 安貞 2 戊子 後堀河 北条泰時 御歳 7歳
11.28 六波羅高野山僧徒の帯仗を禁ず(高書)○空阿寂74(明義) 12.24 九条道家関白に任ぜらる(関評)
1229 寛喜 1 己丑 3.5 後堀河 北条泰時 御歳 8歳
9月 奈良僧徒の帯仗を禁ず(明月)
1230 寛喜 2 庚寅 後堀河 北条泰時 御歳 9歳
6.18 北条時氏卒28(吾妻)6.24 宣旨を下して米価を定む(百錬)7.16 諸国に霜降る(吾妻)
1231 寛喜 3 辛卯 後堀河 北条泰時 御歳 10歳
春 大飢饉(吾妻)10.11 土御門上皇阿波に崩ず37(一代)11.3 朝廷新制42条を下す(近文)
1232 貞永 1 壬辰 4.2 四条 北条泰時 御歳 11歳
1月 栂尾高弁〔明恵〕寂60(釈書)○親鸞関東を発し京に向う(高統) 5.14 泰時式目51ケ条を定む(吾妻)10.2 藤原定家新勅撰和歌集を上る(該書)
1233 天福 1 癸巳 4.15 四条 北条泰時 御歳 12歳
春 大聖人安房清澄寺に登る(聖587) 春 道元山城宇治に興聖寺を創す(道元録) 5.29 摂政近衛基通卒74(明月)
1234 文暦 1 甲午 11.5 四条 北条泰時 御歳 13歳
6.30 幕府専修念佛を禁ず(全94) 7.27 源頼経室竹子卒23(明月)8.6 後堀河上皇崩ず23(明月)
1235 嘉禎 1 乙未 9.19 四条 北条泰時 御歳 14歳
7.24 幕府専修念佛を禁ず(吾妻)○奈良の衆徒春日神木を奉じて入京せんとして宇治に到る(百錬) 3.28 摂政九条教実卒26(明月)
1236 嘉禎 2 丙申 四条 北条泰時 御歳 15歳
1.2 奈良の衆徒神木を宇治に棄て退散す(百錬)2.14 幕府使いを宇治に遣わし興福寺を諭す(吾妻) 叡尊(36才)自誓受具の道を開き律宗の復興を図る
1237 嘉禎 3 丁酉 四条 北条泰時 御歳 16歳
○道善坊について得度し是聖房蓮長と名乗る(聖578・全1407) 6.25 幕府諸社寺及び国司領家の訴訟は式目に不拠とす(吾妻) 3.10 近衛兼経摂政に任ぜらる(公補)4.9 藤原家隆卒80(公補)
1238 暦仁 1 戊戌 11.23 四条 北条泰時 御歳 17歳
11.14 安房清澄寺において円多羅義集を写す(奥) 閏2.29 浄土宗鎮西寂77(聖光上人伝)7.11 北条泰時大蔵経を園城寺へ奉納(吾妻) 1.28 将軍頼経上京(吾妻)2.23 将軍頼経参内す(吾妻)
1239 廷応 1 己亥 2.7 四条 北条泰時 御歳 18歳
2.22 後鳥羽上皇隠岐に崩ず(吾妻)5.1 綸旨を下して人身売買を禁ず(吾妻)12.5 三浦義村卒(関評)
1240 仁治 1 庚子 7.16 四条 北条泰時 御歳 19歳
5月 祇園犬神人山徒の命により念佛を停止す(全94) 1.24 北条時房卒66(吾妻)3.18 幕府御家人郎党の任官を禁ず(吾妻)
1241 仁治 2 辛丑 四条 北条泰時 御歳 20歳
○鶴岡八幡宮において大蔵経を閲す(別統) 2.7 鎌倉大地震(吾妻)8.20 藤原定家卒80(公補)10.22 幕府武蔵野に水田を開く(吾妻)
1242 仁治 3 壬寅 後嵯峨 北条経時 御歳 21歳
○戒体即身成仏義を著す○叡山遊学(別統) 6.15 北条泰時卒60(関代)6.15 北条経時執権となる(吾妻)9.12 順徳上皇佐渡に崩ず46(増)
1243 寛元 1 癸卯 2.26 後嵯峨 北条経時 御歳 22歳
○戒法門を著す 12.22 幕府奴婢雑人の10才未満の子女は其の父母に付せしむの令を下す(吾妻) 浄〔定〕光が勧進聖となり木造の大仏が鎌倉に完成
1244 寛元 2 甲辰 後嵯峨 北条経時 御歳 23歳
9.17 色心二法抄を著す 6.4 幕府後鳥羽院追福のため法華経100部摺写(吾妻) 3.18 御書所を置く(百錬)4.28 藤原頼嗣将軍となる(公補)8.29 前太政大臣西園寺公経卒74(公補)
1245 寛元 3 乙巳 後嵯峨 北条経時 御歳 24歳
4.8 日朗下総平賀に生まる(別統)○叡山横川定光院住す(別統) 3.2 幕府殺生を禁ず(帝編)5.3 幕府守護地頭等六波羅の命に背き出京せざる者の罰を定む(吾妻)7.5 将軍頼経出家法名行智(公補)12.17 幕府諸国の悪党を隠匿するものの所領を没収せしむ(吾妻)
1246 寛元 4 丙午 後深草 北条時頼 御歳 25歳
3.8 日興甲斐大井庄鰍沢に生まる(聖595)○三井及び南都に遊学し又京泉涌寺に道隆を訪う(別統) 6.15 越前大佛寺を永平寺と改む(道元録)○宋僧道隆来朝(釈書) 3.23 北条時頼執権となる(公補)閏4.1 北条経時卒33(吾妻)5.24 北条光時頼経と謀り執権時頼を除かんとす(吾妻)6.13 北条光時伊豆に流罪(吾妻)7.11 前将軍頼経京に帰る(吾妻) 人皇89代(「神祇門」新定1-153)
1247 宝治 1 丁未 2.28 後深草 北条時頼 御歳 26歳
○南都薬師寺に大蔵経を閲す(別統) 10月 聖徳太子著法華義疏を開版(古刻)11.26 法然弟子証空寂71(僧伝) 1.19 近衛兼経摂政となる(公補)4.25 幕府後鳥羽院の祠を鶴ケ岡に新宮す(吾妻)6.5 北条時頼三浦泰村を討つ(関評)12.12 幕府本地頭と新地頭の徴租法式を定む定む(吾妻)
1248 宝治 2 戊申 後深草 北条時頼 御歳 27歳
○藤原為家に歌道及び書道を学ぶ(別統)○高野・三井等遊学、又法印真広を介して東寺・仁和寺に遊学(別統) 5.18 安達兼盛卒(吾妻)12.23 幕府百姓と地頭との訴訟の法を定む(吾妻)
1249 建長 1 己酉 3.18 後深草 北条時頼 御歳 28歳
○叡山に帰り定光院に住す(別統)○諸願成就抄を著す 2.1 京大火、閑院内裏焼失(百錬)7.20 佐渡院に順徳院の追号を上る(帝編)10.8 朝廷沽価法を定む(百錬)
1250 建長 2 庚戌 後深草 北条時頼 御歳 29歳
○浄本を介して摂津天王寺に遊学(別統)○日持駿河松野に生まる(別統) ○波多野義重大蔵経を越前永平寺へ寄進(道元録) 4.20 幕府庶民の帯刀を禁ず(吾妻)
1251 建長 3 辛亥 後深草 北条時頼 御歳 30歳
11.24 京五条坊門富小路に五輪九字秘釈を写す(奥) ○北条長時鎌倉に浄光明寺を創す(鎌志) 2.10 鎌倉大火(吾妻)12.3 幕府鎌倉市街商売の区域を定む(吾妻)
1252 建長 4 壬子 後深草 北条時頼 御歳 31歳
8月 叡山を下り三井に遊学(霊記)11.15 寂日坊日華甲斐二十日村〔秋山氏〕に生る(蓮書)○日頂駿河重須に生れる生る(別統) 2.20 北条時頼将軍頼嗣を廃す(吾妻)2.21 九条道家卒60(公補)4.1 宗尊親王征夷大将軍に任ぜらる(吾妻)4.2 頼嗣鎌倉から京に帰る(吾妻)8.17 宗尊親王の病気平癒を祈念し大仏を造り深沢に安置す(吾妻)9.30 幕府諸国に沽酒の禁制を下す(吾妻) 8.17 金銅の大仏〔関東紀行には釈迦像とある〕の鋳造を始める(吾妻)
1253 建長 5 癸丑 後深草 北条時頼 御歳 32歳
3.28 安房清澄寺に宗旨建立の内証を宣示(聖587)4.28 安房清澄寺に立教開宗(全585)▽父母を授戒し日蓮と更名(高祖伝)8.26 草庵を鎌倉松葉ケ谷に構う(画讃)11月 日昭入門(別統)○日向安房尾金に生る(別統) 8.28 道元寂54(道元録)11.8 時頼鎌倉に建長寺を創し道隆を請ず(吾妻) 10.1 幕府奴婢雑人の法を定む(吾妻)
1254 建長 6 甲寅 後深草 北条時頼 御歳 33歳
1.1-1.15 生身の愛染・不動を感見模写(聖656)○日朗得度(別統)○富木常忍入信(別統)○十王讃歎抄を著す○八大地獄抄を著す○問答抄を著す 1.10 鎌倉大火(吾妻)4.29 幕府宋船入泊の員数を定めて五艘となす(吾妻)11.21 足利義氏卒29(吾妻)
1255 建長 7 乙卯 後深草 北条時頼 御歳 34歳
○蓮盛抄を著す○諸宗問答抄を著す○念佛無間地獄抄を著す○一生成仏抄を著す○主師親書を著す
1256 康元 1 丙辰 10.5 後深草 北条長時 御歳 35歳
7月 回向功徳抄を著す○四条頼基・進士善春・工藤吉隆・池上宗仲・荏原義宗等入信(別統)○十二因縁書を著す○垂迹法門を著す 11.23 時頼道隆により落飾、法名覚了房道崇(吾妻) 8.6 鎌倉大風・洪水・疫病流行(関評)8.11 藤原頼経卒39(吾妻)9.25 藤原頼嗣卒17(公補)
1257 正嘉 1 丁巳 3.14 後深草 北条長時 御歳 36歳
3.16 三八教を著す○三種教相を著す○衣座室書を著す○六凡四聖抄を著す 7.1 加賀法印祈雨(吾妻)8.23 鎌倉社寺大地震により一宇も残さず倒壊(全33・吾妻) 2.10 太政官庁焼失(帝編)5.18 鎌倉大地震(吾妻)8.1 鎌倉大地震(吾妻)11.8 鎌倉大地震(吾妻) 園城寺、戒壇建立を朝廷にはたらきかける
1258 正嘉 2 戊午 後深草 北条長時 御歳 37歳
2月 駿河岩本実相寺に大蔵経を閲す(聖606)○駿河岩本実相寺学徒甲斐公〔日興〕入室し名を伯耆房と賜わる(聖606)2.14 大聖人父妙日卒(大過去帳)2.14 一代聖教大意を著す○一念三千理事を著す○一念三千法門を著す○総在一念抄を著す○和泉公日法下野小山に生まる(聖730)○十如是事を著す 1.17 鎌倉寿福寺及び若宮宝蔵・同別当坊等焼失(吾妻) 8.1 大風雨諸国田園損亡(全33・吾妻)8.7 皇弟恒仁親王を皇太弟となす(百錬)
1259 正元 1 己未 3.26 亀山 北条長時 御歳 38歳
○念佛者追放宣旨之事を著す○十法界事を著す○守護国家論を著す○爾前二乗菩薩不作佛事を著す○爾前得道有無之書を著す○南条時光生まる(妙蓮寺過) 春 大飢饉、大疫病(全33・皇記)5.4 近衛兼経卒50(公補)
1260 文応 1 庚申 4.13 亀山 北条長時 御歳 39歳
2月 災難対治抄を著す4.21 十法界明因果抄を著す5.28 唱法華題目抄を著す7.16 立正安国論を幕府に献ず〔第1国諫〕(全169・聖567)8.27 松葉ケ谷法難(全355・霊記)○下総富木邸に百日間説法(霊記)○比企大学三郎・太田乗明・曽谷教信・秋元太郎等入信(別統)日本真言宗事を著す今此三界合文を著す一代五時図を著す後五百歳合文を著す日目伊豆仁田郡畠郷に生る(聖603)二乗作佛を著す 6.12 幕府諸国寺社に疾疫退治の祈祷を命ず(吾妻) ○諸国飢疫止まず(全33) 八幡宮若宮別当隆弁〔元園城寺の僧〕の奔走に依り、園城寺に一旦、三摩耶戒壇なる。しかし山門の攻撃にあい、時頼・後嵯峨は後退し戒壇勅許の官符を返上。
1261 弘長 1 辛酉 2.20 亀山 北条長時 御歳 40歳
4.28 書を椎地四郎に与う5.12 伊豆配流日興供奉(全1189・聖606)○日興伊豆宇佐美・吉田の地に弘教(聖606)○伊東の地頭八郎左衛門より海中出現の仏像を受く(全1446)6.27 書を船守弥三郎に与う○善神擁護抄を著す○同一鹹味抄を著す 3.13 幕府政所・公文所・問注所焼失(吾妻)11.3 北条重時卒64(吾妻) 鎌倉市誌(総説編116頁)には北条重時の死を3月としている
1262 弘長 2 壬戌 亀山 北条長時 御歳 41歳
1.16 四恩抄を著す(伊豆御勘気抄)2.10 教機時国抄を著す○寂日房日澄生る(聖687)○顕謗法抄を著す○熱海真言僧金剛院行満日興により改衣して日行と名乗り自坊を大乗寺と号す(日興詳伝) 11.28 親鸞寂90(鸞伝)
1263 弘長 3 癸亥 亀山 北条長時 御歳 42歳
2.22 流罪赦免鎌倉に帰る(聖264・全322)6.8 新田妙法尼、日目父五郎重綱に譲状を与う(8-19)7.13 熱海小沢大乗寺2代金剛阿行満寂(墓銘)○持妙法華問答抄を著す 4月 高麗牒使を送りて邦民の沿岸を侵すを禁ぜんことを請う(東通)9.10 幕府切銭を禁ず(吾妻)11.22 北条時頼法名道崇最明寺に卒37(吾妻)12.10 幕府時頼逝去による御家人の出家を禁ず(吾妻)
1264 文永 1 甲子 2.28 亀山 北条政村 御歳 43歳
3.1 書を三位日行に報ず〔御輿振御書〕4.17 書を大学三郎妻に報ず〔月水御書〕7.29 法華真言勝劣の事を著す7月 日目父新田五郎重綱卒(5-303)9.4 沙弥道意、新田五郎次郎頼綱に配分状を与う(8-20)9.22 当世念佛者無間地獄事〔浄円抄〕を著す秋 安房に帰り母の病気平癒を祈る(全985・画讃)11.11 安房東条小松原にて地頭景信に要撃さる、鏡忍房・工藤吉隆殉難(全1498)11.14 安房花房蓮華寺に師道善房と会す(全889)12.13 書を南条兵衛七郎に与う〔慰労書〕○日向得度(別統) 3月 山徒自ら延暦寺を焼く(続史)5月 山徒園城寺戒壇を焼き梵鍾を奪う(続史) 8.21 北条長時卒(関評)
1265 文永 2 乙丑 亀山 北条政村 御歳 44歳
3.8 南条兵衛七郎法号行増〔時光父〕卒(大過去帳)○上総興津佐久間重貞弟竹寿麻呂〔日家〕同長男長寿麻呂〔日保〕得度(別統)○女人往生抄を著す○女人成仏抄を著す○薬王品得意抄を著す○太夫阿日尊陸前玉野に生まる(聖707)
1266 文永 3 丙寅 亀山 北条政村 御歳 45歳
1.16 法華題目抄を著す2月 伊東八郎左衛門尉祐光卒(年)8.11 千日尼父卒(全1314) 3.6 幕府引付衆を廃し問注所に命じ評定衆をして聴訴せしむ(関評)7.4 北条時宗将軍宗尊親王を廃す(吾妻)7.20 吾妻鏡記述終る(該書)
1267 文永 4 丁卯 亀山 北条政村 御歳 46歳
8.15 大聖人母妙蓮尼卒(大過去帳)12.5 書を星名五郎に報ず○安房より上総藻原を経て下総富木邸に越年(別統)日頂得度(別統) 8月 良観鎌倉極楽寺に入る(性譜)
1268 文永 5 戊辰 亀山 北条時宗 御歳 47歳
▽聖愚問答抄2巻を著す3.23 北条時宗駿河岩本実相寺山内粛正につき下文を与う(10-306)4.5 書を法鑒房に与う〔安国論御勘由来〕8.21 書を宿屋入道に報ず8月 駿河岩本実相寺大衆愁状を幕府に呈す(10-306)10.11書を北条時宗へ送る10.11 書を宿屋左衛門光則へ送る10.11 書を平左衛門尉頼綱へ送る10.11 書を北条弥源太へ送る10.11書を建長寺道隆へ送る10.11書を極楽寺良観へ送る10.11書を大仏殿別当へ送る10.11書を寿福寺へ送る10.11書を浄光明寺へ送る10.11書を多宝寺へ送る10.11書を長楽寺へ送る10.11書を弟子檀那中に与う 1.29 凝然八宗綱要2巻を著す(奥)4月 幕府諸社寺に蒙古調伏を祈らしむ(冦記) 閏1.18 蒙古国牒状鎌倉到着(全33)2.7 幕府蒙古・高麗の国書を奏す(八愚)2月 時宗蒙古の使を退く(蒙牒奥)
1269 文永 6 己巳 亀山 北条時宗 御歳 48歳
3.10 書を日昭に与う〔弁殿御消息〕5.9 書を富木入道等に報ず〔問注得意抄〕6.7 書を富木入道に報ず9月 書を南部六郎恒長に報ず11.28 書を太田金吾に報ず〔大師講御書〕12.8 駿河実相寺大衆幕府に訴状を呈す(10-317)12.8 立正安国論を書写し奥書す(全33)○書を三位日行に与う(法門可被申様之事)○龍華院日像下総平賀に生る(別統) 4.27 幕府問注所を罷め五方引付衆を置く(関評)9月 蒙古重ねて来牒(関評)
1270 文永 7 庚午 亀山 北条時宗 御歳 49歳
9.26 書を富木入道に報ず〔真間釈迦佛供養逐状〕10.23 書を某に報ず〔大豆御書〕○真言天台勝劣之事を著す○善無畏三蔵抄を著す○書を富木入道に報ず○真言七重勝劣を著す○日持・和泉公日法・治部公日位得度(別統) 1.11 蒙古船対馬に至る(鎌日)
1271 文永 8 辛未 亀山 北条時宗 御歳 50歳
1.11 書を秋元太郎兵衛に報ず〔五節句事〕4.17 寿量品得意抄を著す5.7 書を四条金吾女房に報ず5.8 書を四条金吾に報ず〔月満御前御書〕5.16 書を南部六郎に報ず〔国家謗法之事〕5月 書を三位房に与う〔十章抄〕7.12 書を四条金吾に報ず〔施餓鬼御書〕7.13 浄土僧行敏の難状に答う〔行敏御返事〕7月 良観等の訴状を論破す〔行敏訴状御会通〕(全180)9.10 問注所に召出され平頼綱に見参す〔第2国諫〕(全183)9.12 書を平頼綱に与う〔一昨日御書〕9.12 竜口法難(全911)9.13 相模依智本間邸に送らる(全322)9.13 日朗等5人投獄さる(全1212)9.14 書を富木入道に報ず9.21 書を四条金吾に報ず10.3 書を日朗等5人に与う〔五人土篭御書〕10.5 書を太田・曽谷・金原等の3人に与う〔転重軽受法門〕10月 書を清澄寺大衆中に与う〔佐渡御勘気抄〕10.9 書を日朗に与う〔土篭御書〕10.10 相模依智本間邸を発し佐渡に向う(全951)日興供奉(聖596)10.21 越後寺泊に着く(全951)10.22 書を富木入道に与う〔寺泊御書〕10.28 佐渡に着く(全916)11.1 佐渡塚原の配所に入る(全916)11.23 書を富木入道に報ず○此経難持十三箇条秘訣を記す○早勝問答を著す▽三位日行京より鎌倉に帰る(全1156)▽阿佛房・千日尼入信(別統) 6.18-7.4 良観雨を祈る(全912)7.8 浄土僧行敏大聖人を問難(全197) 9.2 幕府高麗の牒状を奏す(吉続)9.23 蒙古三度来牒(吉続)10.23 法皇公卿をして蒙古の牒状を議せしむ(吉続)12.16 勅使を伊勢に遣わして異国降伏を祈らしむ(吉続)
1272 文永 9 壬申 亀山 北条時宗 御歳 51歳
1.16-17 塚原問答(全918・全959)1.16 本間重連に自界叛逆を予言(全918・全919)1.17 法華浄土問答抄を著す2月初旬 最蓮房入信(全1340)2.11 書を最蓮房に報ず〔生死一大事血脈抄〕2.18 書を富木入道に与う〔八宗違目抄〕2.18 本間重連入信(全919)2.20 書を最蓮房に報ず〔草木成仏口決〕2月 開目抄2巻を著す3.13 書を阿佛房に報ず3.20 書を弟子檀那中へ与う〔佐渡御書〕4.3 一ノ谷へ移居(全1328・全付表14)▽中興入道・一谷入道入信(全付伝12・全付表14)4.10 書を富木入道に報ず4.13 書を最蓮房に報ず〔供物書〕4.15 書を最蓮房に与う〔得受職人功徳法門抄〕4月 書を四条金吾妻に報ず〔同生同名御書〕5.2 書を四条金吾に報ず〔煩悩即菩提書〕5.5 書を富木入道等に報ず〔真言諸宗違目〕○乙御前母〔日妙〕鎌倉より佐渡へ詣る(全1217)5.25 書を乙御前母に与う〔日妙聖人御書・楽法梵志抄〕5.26 立正安国論正本の書写送付を富木常忍に依頼〔立正安国論別状〕(全35)7.26 書を日昭等3人に与う7月 真言見聞を著す9月 日目走湯山円蔵坊に入る〔13才〕(聖603)10.24 蒙古来襲の夢想を記す(定1-660)○書を四条金吾に報ず〔梵音声書〕○下方他方旧住菩薩事を著す○祈祷抄を著す○書を四条金吾に報ず〔経王御前御書〕○木絵二像開眼之事を著す〔法華骨目肝心草木成仏抄〕▽本尊を顕す(8-204)▽本尊を顕す(8-222) 冬 覚信尼、親鸞の墓を京大谷より吉水に移し庵室を建つ(鸞伝) 2.11 評定衆名越時章、同教時伏誅(全926・関評)2.15 南方六波羅探題、北条時輔伏誅(全926・関評)5月 高麗の使元の牒状を携えて来る(関評)
1273 文永10 癸酉 亀山 北条時宗 御歳 52歳
1.28 選法華経文〔祈祷経〕を最蓮房へ送る〔祈祷経送状〕(全1356)2.15 法華宗内証佛法血脈を著す3.13 佐渡妙円尼〔世尊寺2代下江房日増室〕卒(世過)4.25 観心本尊抄を著す4.26 観心本尊抄を富木入道に送る(全255)4.26 書を妙一尼に報ず5.17 諸法実相抄を最蓮房に与う5.28 書を義浄房に報ず〔己心佛界抄〕5月 如説修行抄を弟子檀那中に与う〔随身不離抄〕5月 四条金吾鎌倉より佐渡に詣る(全付表14)閏5.11 顕佛未来記を著す7.6 書を富木入道に報ず8.3 書を南部六郎三郎に報ず8.15 書を経王御前に報ず9.19 書を弁殿尼御前に報ず9月 書を四条金吾に報ず〔大果報御書〕11.3 書を乙御前に報ず11.3 書を土木入道に報ず○当体義抄を最蓮房に与う○小乗大乗分別抄を著す○書を四条金吾に報ず〔呵責謗法滅罪抄〕○妙法曼荼羅供養事を著す○曽谷教信本尊抄を拝し迹門不読の義を唱う(全972・別統)○遠藤四郎盛国改宗して下江房日増と称す(世縁) 12.7 良観弟子道観等の訴えにより佐渡の領主武蔵前司宣時私の御教書をもって大聖人の外護を禁ず(全920・全966)○一遍時宗を開く(聖六) 3月 元使趙良弼太宰府に来り京に入るを得ずして去る(東通)5.27 北条政村卒69(関評)7月 佐渡に石灰虫降り稲害(全1298・全964)
1274 文永11 甲戌 後宇多 北条時宗 御歳 53歳
1.14 書を富木常忍等門下中に与う〔法華行者値難事〕2.14 幕府赦免状を発す(全323・聖264)2.15 授職潅頂口伝抄を著す2.21 書を弥源太入道に報ず3.8 赦免状佐渡に着く(全920)3.12 書を遠藤左衛門尉に与う3.13 一ノ谷を発つ日興等供奉(全928・聖596)3.14 網羅滞留(全928)3.16 越後柏崎へ着く(全928)3.26 鎌倉へ着く(全323)4.8 平頼綱に見参〔第3国諫〕(全323)5.12 鎌倉を発つ(全323)5.15 駿河大宮黒田に宿す(全964)5.17 波木井郷に着く(全964)5.17 書を富木常忍に報ず5.24 法華取要抄を著す▽書を聖密房に与う▽書を別当御房に報ず6.17 身延沢に庵室成る(全1542)▽日興駿河岩本実相寺方面に往復して弘教す(熱原譜)7.11 書を南条後家尼に報ず7.26 書を南条後家尼に報ず8.10 南条七郎太郎〔行忍〕水死(蓮誌)9.17 書を弥源太入道に報ず9.26 書を四条金吾に報ず〔主君耳入此法門免与同罪事〕11.11 書を南条時光に報ず〔二管書〕11.20 書を曽谷入道に報ず〔自界叛逆御書〕11月 書を富木常忍に与う〔聖人知三世事〕12.15 顕立正意抄を著す12月 本尊を顕す〔万年救護本尊〕(聖607・保田妙本寺蔵)○立正観抄を著す〔法華止観同異決〕○日目初めて日興に謁す15才(聖603)○陸前一ノ迫宮野陸前守弘次〔葛西氏〕受法し身延山に参詣(宮図) 4.10 加賀法印祈雨(全921) 4.12 鎌倉大風(聖258)8.1 宗尊親王卒33(一代)10月 蒙古来襲〔文永の役〕(全1329)
1275 建治 1 乙亥 4.25 後宇多 北条時宗 御歳 54歳
【1〜4月】1.24 書を太田金吾入道に与う1.27 書を四条金吾妻に報ず1月下旬 書を南条家に与う〔春の祝御書〕1月下旬 日興南条家に到り故兵衛七郎行増の墓に代参し富士下方に弘教す(全1510)2.7 書を富木常忍に報ず2.16 書を安房の新尼に報ず2.21 書を三沢某に与う2.28 立正観抄を最蓮房に送る〔同送状〕2月 書を富木入道尼に報ず〔可延定業書〕3.6 四条金吾に報ず〔此経難持書〕3.10 書を曽谷入道・太田金吾に与う3.21 教行証御書を三位阿に与う3月 書を曽谷入道に報ず〔方便品長行事〕4.12 書を四条金吾に報ず〔王舎城事〕4.16 書を池上兄弟に与う〔兄弟抄〕4月 書を曽谷法蓮に与う〔法蓮抄〕5.3 書を南条時光に報ず〔造営書〕5.8 書を一谷入道妻に与う5.25 書を桟敷女房に報ず5月 書を妙一尼に与う6.22 佐渡世尊寺2代下江房日増寂84(過)6.10 撰時抄2巻を著す6月 佐渡国府入道身延に参詣(全1324)6.16 書を佐渡国府尼に与う6.22 書を西山入道に報ず〔三三蔵祈雨事〕6.27 書を浄蓮房に報ず〔細見抄〕▽日興の教化により駿河熱原滝泉寺寺家下野房日秀・越後房日弁・少輔房日禅・三河房頼円及び在家若干帰伏して弟子となる(熱原譜)6月 滝泉寺大衆の改宗により院主等謗徒の迫害起る(熱原譜)7.2 書を南条時光に報ず7.2 書を大学三郎に与う▽日興及び日向・覚乗房富士加島高橋家に在りて弘教す(全1463)7.12 書を高橋入道に報ず〔加島書〕7.12 書を南条時光に報ず7.22 書を四条金吾に報ず7.26 書を高橋入道に報ず8.4 書を日妙尼に報ず〔乙御前御消息〕8.6 書を高橋入道に報ず〔異体同心事〕8.16 書を妙心尼に報ず8.18 書を南条時光に報ず8.23 書を富木常忍に与う〔不可親近謗法者事〕8.25 書を妙心尼に報ず8月 書を南条内方に報ず〔単衣抄〕
1275 建治 1 乙亥 4.25 後宇多 北条時宗 御歳 54歳
【5〜8月】5.3 書を南条時光に報ず〔造営書〕5.8 書を一谷入道妻に与う5.25 書を桟敷女房に報ず5月 書を妙一尼に与う6.22 佐渡世尊寺2代下江房日増寂84(過)6.10 撰時抄2巻を著す6月 佐渡国府入道身延に参詣(全1324)6.16 書を佐渡国府尼に与う6.22 書を西山入道に報ず〔三三蔵祈雨事〕6.27 書を浄蓮房に報ず〔細見抄〕▽日興の教化により駿河熱原滝泉寺寺家下野房日秀・越後房日弁・少輔房日禅・三河房頼円及び在家若干帰伏して弟子となる(熱原譜)6月 滝泉寺大衆の改宗により院主等謗徒の迫害起る(熱原譜)7.2 書を南条時光に報ず7.2 書を大学三郎に与う▽日興及び日向・覚乗房富士加島高橋家に在りて弘教す(全1463)7.12 書を高橋入道に報ず〔加島書〕7.12 書を南条時光に報ず7.22 書を四条金吾に報ず7.26 書を高橋入道に報ず8.4 書を日妙尼に報ず〔乙御前御消息〕8.6 書を高橋入道に報ず〔異体同心事〕8.16 書を妙心尼に報ず8.18 書を南条時光に報ず8.23 書を富木常忍に与う〔不可親近謗法者事〕8.25 書を妙心尼に報ず8月 書を南条内方に報ず〔単衣抄〕
1275 建治 1 乙亥 4.25 後宇多 北条時宗 御歳 54歳 【9〜12月】9.3 書を佐渡千日尼に報ず9.20 書を石本日仲に報ず9.28 書を富木常忍妻に報ず〔御衣並単衣御書〕9月 書を西山殿に報ず〔蒙古使御書〕10月 本尊を南条時光に授与(8-222)10月 高橋六郎兵衛入道卒(全1482)11.3 書を太田入道に報ず〔転重軽受事〕11.23 書を富木常忍に報ず〔観心本尊得意抄〕11月 本尊を顕す(8-177・石蔵)12.22 書を南条時光母に報ず〔上野殿母尼御前御返事〕12.26 真言僧強仁の勘状に答え公場対決を促す(全184)○書を四条金吾に与う〔瑞相御書・真言所破之事〕○書を某女に与う〔善無畏抄〕○書を南条時光に与う〔神国王御書・真言亡国抄〕○書を太田入道に報ず〔除病御書〕○書を南条時光に与う〔本門取要抄〕○上行菩薩結要付属口伝を著す○一代五時鶏図を著す○書を某氏に与う〔其中衆生御書〕○日法〔日弁弟子〕日興を介し大聖人の室に入る(聖730)○最蓮房流罪赦免(別統)○大進阿をして故高橋入道の墓に代参せしめ兼ねて書を妙心尼に与う〔減劫御書〕(全1465) 4.27 山徒竜象の坊を焼く(座記)12.26 真言僧強仁勘状を大聖人に呈す(全184) 4.15 蒙古の使者杜世忠等長門室津に至るついで幕府之を鎌倉に召す(関評)9.7 幕府蒙古使者杜世忠等を竜口に斬る、朝廷、幕府の公事を減じ民力を休養して兵備を厳にす(関評)11月 幕府元冦によりて北条実政を鎮西に遣わす(帝編) 3.23 極楽寺焼失
1276 建治 2 丙子 後宇多 北条時宗 御歳 55歳
【1〜4月】1.11 書を清澄寺大衆中に与う〔虚空蔵菩薩書〕1.19 書を南条時光に報ず〔初春書〕2.5 本尊を顕す(8-220・西山本門寺蔵)2.15 船守弥三郎卒(蓮慶寺過)2.17 書を松野六郎左衛門尉に報ず2月 書を大井荘司入道に報ず2月 本尊を顕す(8-222)○本尊を顕す〔鉄砲曼荼羅〕(8-215)3.16 清澄の道善房寂(大過去帳)3.18 書を南条時光に報ず3.27 書を富木尼に報ず3月 書を富木常忍に与う〔忘持経事〕3月 書を光日房に与う3月 三位房・日向等安房に在り(全931)閏3.5 書を妙密に報ず閏3.24 書を南条時光に報ず〔大橋書〕▽因幡房日永改衣(全343)4.8 日目伊豆走湯山円蔵坊において日興により得度(聖653)4.8 寂日坊日華身延に入室し二十家阿闍梨と賜う(蓮誌)4.12 書をさど国府入道に報ず4月 本尊を顕す(8-215)5.11 書を西山殿に報ず〔宝軽法重事〕6.27 書を四条金吾に報ず7.15 書を四条金吾に報ず〔釈迦佛供養事〕7.21 書を日昭に与う〔弁殿御消息〕7.21 報恩抄2巻を著し日向等をして道善房の墓前に読ましむ(聖226・全330)7月 宗論準備のため日向等をして経論を諸寺に探訪せしむ(全330)8.3 書を曽谷入道に与う〔成佛用心抄〕8.10 書を道妙禅門に報ず8.13 本尊を顕す(8-204・日向定善寺蔵)8.13 本尊を顕す〔病即消滅不老不死本尊〕(8-177・石蔵)8.13 本尊を顕す(8-215) 1.9 山徒蜂起(座記) 5.4 花山院通雅卒44(公補)10.23 北条実時卒53(関評)
1276 建治 2 丙子 後宇多 北条時宗 御歳 55歳
【5〜8月】5.11 書を西山殿に報ず〔宝軽法重事〕6.27 書を四条金吾に報ず7.15 書を四条金吾に報ず〔釈迦佛供養事〕7.21 書を日昭に与う〔弁殿御消息〕7.21 報恩抄2巻を著し日向等をして道善房の墓前に読ましむ(聖226・全330)7月 宗論準備のため日向等をして経論を諸寺に探訪せしむ(全330)8.3 書を曽谷入道に与う〔成佛用心抄〕8.10 書を道妙禅門に報ず8.13 本尊を顕す(8-204・日向定善寺蔵)8.13 本尊を顕す〔病即消滅不老不死本尊〕(8-177・石蔵)8.13 本尊を顕す(8-215) 1.9 山徒蜂起(座記) 5.4 花山院通雅卒44(公補)10.23 北条実時卒53(関評)
1276 建治 2 丙子 後宇多 北条時宗 御歳 55歳
【9〜12月】9.6 書を四条金吾に報ず〔有智弘正法事〕9.15 書を南条九郎太郎に報ず11.2 書を妙心尼に報ず11.24 日目身延山に詣で常随給仕す(聖603)12.9 三位房を使いとして書を松野六郎左衛門に報ず〔十四誹謗書〕12.13 書を富木常忍に報ず〔道場神守護事〕12月 書を南条平七郎に報ず〔本尊供養書〕▽書を光日房に与う〔種々御振舞御書〕○書を西山入道に報ず○書を松野六郎左衛門に報ず○滝泉寺院主代行智遂に下野房日秀・越後房日弁・少輔房日禅・三河房頼円に称名念佛の誓状を求む、頼円之に応じ三師擯出せらる、日禅は河合に日秀・日弁は寺中に在りて弘教す(全853)
1277 建治 3 丁丑 後宇多 北条時宗 御歳 56歳
1.23 書を西山入道に報ず2.13 書を某氏に報ず〔現世無間書〕2月 日目身延において五戒口決伝受を書写す(聖653)3.2 書を池上兵衛志妻に報ず3.19 書を六郎次郎に報ず3.20 三位房を加島に遣わす(全1464)3月 法華初心成佛抄を駿河岡宮妙法尼に与う3.23 富木常忍不審状を呈す(宗全1-180)4.10 四信五品抄を富木常忍に与う〔末代法華行者位並用心事〕4.12 書を太田乗明に報ず〔金珠女書〕5.4 書を妙心尼に報ず5.15 書を南条時光に報ず6.9 三位公鎌倉桑ケ谷にて竜象房と問答す(全1153)6.23 四条金吾江馬入道より勘気を蒙る(全1153)6.25 四条金吾に代りて陳状を書く〔頼基陳状〕6月 因幡房日永に代りて書を下山兵庫五郎光基へ与う〔下山抄〕7月 書を四条金吾に報ず〔為法華経不可惜所領事〕8.4 書を弥三郎に報ず8.21 書を池上兵衛志に報ず8.23 書を日女御前に報ず〔多宝塔中本門本尊事〕9.9 書を松野六郎左衛門に報ず9.11 書を四条金吾に報ず〔崇峻天皇御書・同地獄抄〕10.13 船守弥三郎妻卒(蓮慶寺過)11.7 書を池上兵衛志妻に報ず11.18 書を太田入道妻に報ず〔八寒地獄事〕11.20 書を池上兵衛志に報ず〔諌暁書〕11.28 書を曽谷入道に報ず〔如是我聞抄〕12.17 書を南条七郎次郎に報ず〔大白牛車書〕12.30 示病(全1179)▽身延の草庵を修理す(全1542)○書を四条金吾に報ず〔八風抄〕○書を四条金吾に報ず〔告誡書〕○書を四条金吾に報ず○法華経二十重勝諸教義を西山入道に与う 5.8 興福寺僧徒春日神木を揺がす(続史) 12.19 幕府六波羅政務の条規を議定す(建治三年日記)
1278 弘安 1 戊寅 後宇多 北条時宗 御歳 57歳
【1〜4月】1.1 御義口伝成る(聖518)▽駿河岩本実相寺衆・四十九院衆謗言怨嫉をなす(全1452)1.16 書を実相寺豊前公に報ず〔実相寺御書〕1.25 書を四条金吾に与う▽四条金吾勘気を解かる(全1175)2.13 書を松野六郎左衛門に報ず○熱原神四郎・弥五郎・弥六郎入信(9-258)2.23 書を駿河三沢小次郎に報じ熱原の謗徒の迫害に抗すべく駿河僧俗の結束を励ます〔三沢抄〕(全1487)2.25 書を南条時光に報ず〔蹲鴟書〕2.28 富木常忍に報ず〔始聞佛乗義・種々相待抄〕▽立正安国論を再治す〔建治の広本〕(全1604)3.19 門弟に法華経の講を始む〔御講聞書〕(全807)3.21 公場対決の使者並びに書状到来す(全1284)3.21 書を門下一同に与う(諸人御返事)3.24 石河新兵衛道念日実室妙大〔南条時光姉〕卒(家譜)4.1 書を南条時光に報ず〔法要書〕4.11 書を檀越某に報ず4.12 書を是日尼に報ず4.23 書を太田左衛門尉に報ず4月 書を浄顕・義浄房に与う〔華果成就御書〕5.1 書を妙法尼に報ず〔松野殿御返事〕5.24 書を南条時光妻に報ず〔八木書〕6.3 書を阿佛房に報ず6.22 尾張次郎兵衛卒(全1406)6.25 書を日女御前に報ず〔死活抄〕6.26 書を池上兵衛志に報ず6.26 書を四条金吾に報ず〔二病書〕6.26 書を富木入道に報ず〔治病大小権実違目〕6.27 書を窪尼に報ず7.3 書を妙法尼に報ず〔六難九易書〕7.7 書を南条平七郎に報ず〔種々物御消息〕7.8 書を南条時光に報ず7.14 書を妙法尼に報ず7.27 佐渡阿佛房日得身延に三度参詣(全1314)7.28 書を千日尼に報ず8.11 書を弥源太入道に報ず8.14 書を某に報ず〔芋一駄御書〕8月 本尊を日頂に授与(8-222) 5.15 山徒園城寺長吏隆弁の鹿谷坊を焼く(続史)7.24 建長寺道隆寂66(釈書)京建仁寺焼失(一代)
1278 弘安 1 戊寅 後宇多 北条時宗 御歳 57歳 【5〜8月】5.1 書を妙法尼に報ず〔松野殿御返事〕5.24 書を南条時光妻に報ず〔八木書〕6.3 書を阿佛房に報ず6.22 尾張次郎兵衛卒(全1406)6.25 書を日女御前に報ず〔死活抄〕6.26 書を池上兵衛志に報ず6.26 書を四条金吾に報ず〔二病書〕6.26 書を富木入道に報ず〔治病大小権実違目〕6.27 書を窪尼に報ず7.3 書を妙法尼に報ず〔六難九易書〕7.7 書を南条平七郎に報ず〔種々物御消息〕7.8 書を南条時光に報ず7.14 書を妙法尼に報ず7.27 佐渡阿佛房日得身延に三度参詣(全1314)7.28 書を千日尼に報ず8.11 書を弥源太入道に報ず8.14 書を某に報ず〔芋一駄御書〕8月 本尊を日頂に授与(8-222) 5.15 山徒園城寺長吏隆弁の鹿谷坊を焼く(続史)7.24 建長寺道隆寂66(釈書)京建仁寺焼失(一代)
1278 弘安 1 戊寅 2.29 後宇多 北条時宗 御歳 57歳
【9〜12月】9.6 書を妙法尼に報ず9.9 書を池上兵衛志に報ず9.15 書を四条金吾に報ず9.19 書を南条時光に報ず〔塩一駄書〕9.24 書を太田入道妻に報ず9月 本尊問答抄を浄顕房に与う10.1 書を富木常忍に報ず〔稟権出界抄・常忍抄〕10月 書を四条金吾に報ず〔所領書〕閏10.12 書を南条時光に報ず〔柑子書〕閏10.19 書を千日尼に報ず閏10.22 書を四条金吾に報ず〔必仮心固神守則強書〕11.1 書を南条九郎太郎に報ず11.29 書を池上兵衛志に報ず秀句十勝抄を著す〔称玄称〕○書を某に与う〔根露枝枯書〕
1279 弘安 2 己卯 後宇多 北条時宗 御歳 58歳
【1〜4月】1.3 書を南条時光に報ず1.8 書を越後公に報ず1.11 書を南条時光に報ず1.21 書を松野尼に報ず1月 興津時業、日興書写の法華経一部を請く(9-巻首)2.2 書を四条金吾妻日眼に報ず〔日眼女釈迦佛供養事〕2.21 書を池上宗長に与う〔孝子御書〕2月 本尊を日目に授与(8-222)3.21 阿佛房日得佐渡に卒91(全1320)3.26 書を松野後家尼に報ず4.8 法華行人四郎男駿河三日市場浅間神社分社に法敵のために傷害さる(全853)4.20 書を南条時光に報ず〔杖木書〕4.23 書を四条金吾に報ず〔陰徳陽報御書〕○三位房日行寂(全989)5.2 書を新池左衛門尉に報ず〔八木抄〕5.4 書を西山窪尼に報ず5.13 書を某に報ず〔一大事御書〕(東京常泉寺蔵(曽))5.17 書を富木入道に報ず〔四菩薩造立抄〕5月 書を弟子某に与う〔出家功徳御書〕○武蔵金竜山浅草寺座主寂海改宗し日寂と賜わる(長昌寺寺誌)6.2 日寂武蔵橋場〔鐘ケ淵〕に長昌寺を創す(寺誌)6.20 書を松野六郎左衛門尉妻に報ず7.2 遠藤守綱・父阿佛房日得の遺骨を身延に葬る(全1322)7.13 書を治部房祖母に報ず〔盂蘭盆〕7.27 書を太田乗明に報ず8.8 書を南条時光に報ず8.17 書を曽谷道宗に報ず〔五味主抄〕8.18 本尊を佑盛日合に授与(8-177・石蔵)8月 弥四郎男法敵に首を斬らる(全853) ○祖元北条時宗の請により来朝(釈書)7.29 幕府元使を博多に斬る(師守)12.27 前権大納言藤原為氏亀山上皇の院宣により続拾遺和歌集20巻を撰進す(増)
1279 弘安 2 己卯 後宇多 北条時宗 御歳 58歳
【5〜8月】5.2 書を新池左衛門尉に報ず〔八木抄〕5.4 書を西山窪尼に報ず5.13 書を某に報ず〔一大事御書〕(東京常泉寺蔵(曽))5.17 書を富木入道に報ず〔四菩薩造立抄〕5月 書を弟子某に与う〔出家功徳御書〕○武蔵金竜山浅草寺座主寂海改宗し日寂と賜わる(長昌寺寺誌)6.2 日寂武蔵橋場〔鐘ケ淵〕に長昌寺を創す(寺誌)6.20 書を松野六郎左衛門尉妻に報ず7.2 遠藤守綱・父阿佛房日得の遺骨を身延に葬る(全1322)7.13 書を治部房祖母に報ず〔盂蘭盆〕7.27 書を太田乗明に報ず8.8 書を南条時光に報ず8.17 書を曽谷道宗に報ず〔五味主抄〕8.18 本尊を佑盛日合に授与(8-177・石蔵)8月 弥四郎男法敵に首を斬らる(全853) ○祖元北条時宗の請により来朝(釈書)7.29 幕府元使を博多に斬る(師守)12.27 前権大納言藤原為氏亀山上皇の院宣により続拾遺和歌集20巻を撰進す(増)
1279 弘安 2 己卯 後宇多 北条時宗 御歳 58歳
【9〜12月】9.16 書を寂日坊に与う9.20 書を日興に与う9.21 大進房等落馬悶死(全1190・日興詳伝)9.21 駿河熱原の信士神四郎等20人滝泉寺行智等に讒せられ鎌倉に送らる〔熱原法難〕(全849・全1455)9.26 書を伯耆殿並諸人に与う10.1 書を門下に与う〔聖人御難事〕10.12 本門戒壇の大御本尊を造立す10.12 和泉公日法一体三寸の造り初めの御影を造立す大聖人印可(聖731)10.12 書を日興・日秀・日弁等に報じ滝泉寺申状草案を与う(全849・全1456)10.15 下野房日秀・越後房日弁等滝泉寺申状を幕府に上る(全849・全1456)10.15 熱原神四郎・弥五郎・弥六郎鎌倉に刑死す他17人放免(全1455・宗全2-114)10.15 日興等鎌倉より大聖人に法難の状を急報(全1455)10.17 書を日興・日秀・日弁等に報ず〔聖人等御返事・変毒為薬御書〕10.20 書を日朗・池上宗仲に報ず〔両人御中御書〕10.23 書を四条金吾に報ず〔剣形書〕10月 四条金吾要撃さる(全1192)10月 三世諸佛総勘文教相廃立を著す11.6 書を南条時光に報じ熱原信徒の法難を賞す〔竜門書〕(全1560・石蔵)11.25 書を富城入道に報ず11.25 書を富城入道尼に与う11.25 大聖人、日頂に付して下野房日秀・越後房日弁を富木入道の許へ赴かしむ(全990)11.25 書を池上宗長に妻に報ず11.30 書を中興入道に報ず11月 本尊を俗日増に授与(8-177・石蔵)12.3 書を池上宗仲に報ず12.27 書を南条時光に報ず12.27 書を西山窪尼にほうず○日興三大秘法口決を記す(聖613)○日興に文永11年12月の本尊〔万年救護本尊〕を賜う(聖613・保田妙本寺蔵)○本門戒体抄を著す▽本尊を顕す(8-222)
1280 弘安 3 庚辰 後宇多 北条時宗 御歳 59歳
【1〜4月】1.11 日興に法華本門宗血脈相承〔百六箇抄〕を相伝す(聖353・聖613・全854)1.11 書を南条時光に報ず1.27 書を太田入道に報ず〔慈覚大師事〕1.27 書を秋元太郎兵衛に報ず〔筒御器抄〕2月 本尊を優婆塞日安に授与(8-223)2月 本尊を顕す(8-178・土浦永井藤蔵蔵)2月 日興遠江の新池家に在り(全1439)3.3 書を日住禅門に報ず3.8 書を南条時光に報ず3月 本尊を顕す〔紫宸殿本尊〕(8-178・石蔵)3月 本尊を顕す(8-215)4.10 書を富木入道に報ず4月 本尊を顕す(8-178・下総富久成寺蔵)5.3 書を窪尼に報ず〔三物書〕5.8 本尊を寂日坊日華に授与(8-223)5.9 本尊を少輔公日禅に授与(8-178・東京法道院蔵)5.18 書を妙一尼に報ず5.26 本尊を民部日向に授与(8-178・石蔵)5.26 書を富木入道に報ず〔諸経与法華経難易事〕5.28 門弟への法華経の講終る〔御講聞書〕(全807)5.29 書を新田並びに同妻に報ず6.15 南条七郎次郎・七郎五郎兄弟身延に参詣(全1564・全1567)6.27 書を窪尼に報ず6月 本尊を顕す(8-208・仙台佛眼寺蔵)7.1 佐渡遠藤守綱再度身延に参詣(全1322)7.2 書を佐渡阿佛房尼に報ず7.2 書を南条時光に報じ神主等の身辺を案ず(全1564)7.2 書を太田乗明妻に報ず〔即身成佛抄〕7.7 書を某に報ず〔浄蔵浄眼御書〕7.14 書を妙一尼に報ず〔真言法華即身成佛抄〕8.14 書を内房女房に報ず8月 日若生る〔南条時光長男〕(全1566)8.26 書を南条時光に報ず〔子財書〕 6.24 山徒園城寺北院を焼く(一代・続史)11.14 鎌倉八幡宝殿焼く(全1196)
1280 弘安 3 庚辰 後宇多 北条時宗 御歳 59歳
【5〜8月】5.3 書を窪尼に報ず〔三物書〕5.8 本尊を寂日坊日華に授与(8-223)5.9 本尊を少輔公日禅に授与(8-178・東京法道院蔵)5.18 書を妙一尼に報ず5.26 本尊を民部日向に授与(8-178・石蔵)5.26 書を富木入道に報ず〔諸経与法華経難易事〕5.28 門弟への法華経の講終る〔御講聞書〕(全807)5.29 書を新田並びに同妻に報ず6.15 南条七郎次郎・七郎五郎兄弟身延に参詣(全1564・全1567)6.27 書を窪尼に報ず6月 本尊を顕す(8-208・仙台佛眼寺蔵)7.1 佐渡遠藤守綱再度身延に参詣(全1322)7.2 書を佐渡阿佛房尼に報ず7.2 書を南条時光に報じ神主等の身辺を案ず(全1564)7.2 書を太田乗明妻に報ず〔即身成佛抄〕7.7 書を某に報ず〔浄蔵浄眼御書〕7.14 書を妙一尼に報ず〔真言法華即身成佛抄〕8.14 書を内房女房に報ず8月 日若生る〔南条時光長男〕(全1566)8.26 書を南条時光に報ず〔子財書〕 6.24 山徒園城寺北院を焼く(一代・続史)11.14 鎌倉八幡宝殿焼く(全1196)
1280 弘安 3 庚辰 後宇多 北条時宗 御歳 59歳
【9〜12月】9.1 書を松野六郎左衛門妻に報ず9.3 本尊を俗日目に授与(8-223)9.5 南条七郎五郎〔時光弟〕卒16(全1572)9.6 書を南条時光に報ず(石蔵)9.11 天王寺屋浄本卒(年譜)9.19 書を光日尼に報ず9.20 書を名越の大尼に報ず10.5 書を妙一尼に報ず〔法華即身成佛抄〕10.8 書を四条金吾に報ず10.21 書を刑部左衛門尉妻に報ず10.24 書を南条母尼に報ず〔中陰書〕11.3 十八円満抄を著し最蓮房に送る11.12 書を池上宗長に報ず11.29 書を富木常忍に報ず11.29 書を日厳尼に報ず11月 本尊を日崇に授与(8-215)11月 本尊を和泉公日法に授与(8-216)12.13 書を南条時光に報ず12.16 書を四条金吾妻日眼に報ず〔八幡抄〕12.18 書を智妙房に報ず12.27 書を南条時光に報ず12月 諌暁八幡抄を著す(石蔵)○書を南条時光に報ず(石蔵)○書を南条時光に報ず○書を池上宗仲に報ず○書を王日女に報ず○書を某に報ず〔法衣書〕
1281 弘安 4 辛巳 後宇多 北条時宗 御歳 60歳
1.5 書を重須女房に報ず〔十字御書〕(石蔵)1.13 書を南条母尼に報ず(石蔵)2.17 書を桟敷女房に報ず3.18 書を南条時光に報じ神馬を労わる(全1577)3月 本尊を俗日大に授与(8-213・讃岐本門寺蔵)4.25 本尊を顕す(8-178・東京常泉寺蔵)4.25 本尊を比丘尼持円に授与(8-223)5月 書を某に報ず〔大風御書〕5.26 書を池上兄弟に与う〔八幡宮造営事〕6.16 蒙古来襲につき門下一同の言動を誡む〔小蒙古御書〕(全1284)6.18 書を池上宗長に報ず閏7.1 書を曽谷二郎入道に報ず8.8 書を光日房に報ず8.22 書を治部房に報ず9.11 書を南条時光に報ず〔鶏冠書〕9.20 書を南条時光に報ず10.22 書を富城入道に報ず10月 本尊を平太郎に授与(8-216)11.15 書を南条母尼に報ず11.24 身延山久遠寺10間四面の大坊成る(全1375)11.25 書を南部六郎に与う〔地引御書〕11月頃 書を某に報ず〔老病御書〕12.8 書を南条母尼に報ず〔所労書〕(石蔵)12.11 書を池上宗仲に報ず12.27 書を窪尼に報ず12月 本尊を優婆夷一妙に授与(石蔵)○本尊を日教に授与(8-178・金沢妙喜寺蔵)○日興園城寺申状を代奏す〔初度天奏〕(聖613)○書を某に与う〔大白牛車御消息〕○書を西山窪尼に報ず○書を岡宮妙法尼に報ず 2月 東寺真広身延登詣聞法(年譜)10.18 興福寺僧徒入洛嗷訴す(続史・一代) 4.28 鎌倉大風(全1107)5月 蒙古来襲〔弘安の役〕(全933)6.6 元・高麗の軍船志賀島等を襲う(八愚)7.2 竜造寺季時等敵軍と壱岐に戦う(竜文)閏7.1 蒙古船大風に遭い難破大敗す(全993)
1282 弘安 5 壬午 後宇多 北条時宗 御歳 61歳
日興 ▽諸要文により法華経を注す〔注経〕○日興、法華本門本尊問答抄を写す(下総富久成寺蔵)1.7 書を四条金吾に報ず〔八日講御書〕1.14 書を内記左近入道に報ず1.20 書を南条時光に報ず〔春初御消息〕2.22 岡宮妙法尼寂(年)2.25 南条時光の病につき書を伯耆房に与う〔日朗代筆〕(石蔵)2.28 南条時光の病につき法華証明抄を著し日興に与う〔死活抄〕(全1586)2.29 園城寺御下文を賜わる(石蔵写)3月 書を南条時光に報ず〔莚三枚御書〕(石蔵)4.8 書を太田金吾に報ず〔三大秘法稟承事〕(日時写本)此夏 首題について奥義口伝等日興に相伝す(聖614)9月 日興を唯授一人本門弘通の大導師と定め日蓮一期弘法付属書を賜う(聖339)9.8 身延出山(聖614)○池上への途次大聖人の命により日目、伊勢法印を論破す(聖603)9.18 池上着(聖581・全1376)9.19 書を波木井実長に報ず9.25 池上に立正安国論を講ず(聖614)10.8 日興に産湯相承を相伝す(聖578)10.8 六老僧を定む(聖581)10.10 日興に御本尊七箇之相承・教化弘経七箇之口決大事を相伝す(聖337・聖614・宗全2-39)10.10 日興神天上勘文を著す(聖521)10.11 日興に法華本門血脈相承事〔本因妙抄〕を賜う(聖341・全870)10.13 日興を身延山久遠寺の別当と定め身延山付属書を賜う(聖340)10.13 辰の刻池上宗仲の舘にち御入滅(聖582)10.14 戌の刻入棺、子の刻葬送〔御火葬〕(聖582)10.16 日興大聖人御遷化記録を記す(聖585)10.21 日興遺骨を奉じ池上を発す(5-145)10.21 夜、飯田宿所(5-145)10.22 湯本宿所(5-145)10.23 車返宿所(5-145)10.24 上野南条時光舘宿所(5-145)10.25 身延に帰山(5-145)12.11 波木井実長書を日興に奉る(西山文書) 12.19 興福寺僧徒の訴えによりて権中納言久我具房・按察使源資平を配流す(帝編)12月 北条時宗円覚寺を創し宋僧祖元を奨請ず(続史)