最近の対戦格闘ゲームについて 
 
 私は最近の格ゲー(=対戦格闘ゲーム)は基本的に遊んでいないのですが、元格闘ゲーマー&現在は外野的な視点で外から見ているという立場で思うところを書いてみます。

 ○ 惰性の証明(!?)

 これは是非とも現役の格闘ゲーマーの方々にお聞きしてみたいのですが、ズバリ最近の格ゲーって面白いのでしょうか?。

 ゲームを遊ぶ動機には様々な物があります。純粋にゲームとして面白い/対戦で相手に勝つ事の爽快感がある/身に付けた超絶テクニックに対する賞賛を受ける事で優越感に浸れる etc. まあ他にも色々とあるでしょう。確かに1990年代前半〜中頃にかけての全盛期の格ゲーにはそれがありました。しかし最近の格ゲーに果たしてそういう要素が残っているのかどうか、私個人はかなり懐疑的な見方をしています。

 何よりも“純粋なゲームとしての面白さ”に関して、どうも私は最近の格ゲーにそれを感じる事ができません。肥大化するゲームシステム/繰り返し使われ半ば出涸らし状態になったキャラクタ/そしてゲーセンでの稼働期間(=ゲームとしての旬)の短さ。「こんなゲームを極めたところでそれが何になるの?。」そういう印象しか私にはないのです。ですから当然そんなゲームで対戦相手に勝っても爽快感なんて感じる事はできませんし、他の人に絶賛してもらえるようなテクニックを身に付ける事に喜びを見出す事もできないのです。

 それと少し前からゲーセンの主力は格ゲーから音ゲーになっています。確かに今でも格ゲーはゲーセンのそれなりに大きなスペースを占めていますが、しかしはっきり言って主役ではありません。もし最近の格闘ゲーマーが自己顕示欲を満たすために格ゲーを続けているとすれば、彼らは明らかに方法論を間違えています(爆)。何よりも音ゲーがうまくないと、最近ゲーセンに多く見られるようになった女性ゲーマーには注目されないですし。 (^^;

 ○ 自己顕示と自己満足の違い

 一時期シューゲー(=シューティングゲーム)もゲーセンで一世を風靡した時期があります。ただシューゲーもある時期を境にゲーセンでの主役の座を降り、しかし今でも(そりゃ全盛期に比べれば淋しい限りですが)一部のゲーマーに根強く遊ばれ続けています。はっきり言ってしまいますが、今このご時世にシューゲーでどんなハイスコアを出そうが超絶テクニックを身に付けようが、ほとんど注目はされないでしょう。 (^^; せいぜい同じ世界にいるごく一部のシューターの間で話題に登る位で終わりなのです。でも彼らはシューゲーを遊び続け、そして極めようとする。それって私に言わせると“自己満足”以外の何物でもないです。

 ただシューゲーと格ゲーには決定的な違いがあります。それは“対戦”という要素です。簡単に言ってしまうと「対戦をしている限り、少なくともコインを入れたプレイヤーのうち半数は自分の思う事ができない不本意なゲームをする事になる。」という事です。誰も対戦相手に負けるためにコインを入れたりはしないのです。格闘ゲーマーが格ゲーで自己満足を得るためにはゲームをクリアする事が前提になる訳で、すなわち対戦で勝たなければいけないのです。しかし実際には対戦をしたプレイヤー全員が対戦で勝てるなんて事はあり得ません。当たり前の話ですが半分は負けるのです。

 それこそ格ゲーが華やかなりし頃ならば、自分が対戦で負ける事にもそれなりに意義があったのです。実際に対戦では負けたもののギャラリーの注目を浴びたり笑いを取ったりして「試合には負けたが勝負には勝った!」という格闘ゲーマーが世の中には存在したのです。しかしそういった要素が最近の格ゲーにほぼ無くなった以上、いよいよ格ゲーは“対戦に勝ったか負けたか”という要素しか注目されなくなってしまっている気がします。それで本当に格闘ゲーマーは格ゲーを楽しめているのか?。これが私個人が持つ素朴な疑問なのです。

 格ゲーに対戦での勝利という要素しか求めない。対戦で勝てない格ゲーなんて楽しくない。そういう格闘ゲーマーは実は昔からいました。昔はそういう人に「格ゲーには勝敗以外にも面白さがあるのに。」という話ができたのですが、でも最近はそれも難しくなりつつあります。格ゲーがマイナー化して自己満足の世界になってしまった以上、対戦で負けても構わないから大業を繰り出すなんて事にメリットが無くなってしまったからです。つくづく「嫌な時代になったものだなあ。」と思いますが。

 ○ 夢を見続ける愚者達(失礼 (^^; )

 格ゲーの魅力が薄れてしまった事には“遊ばせる側”の責任も大きいと私は感じています。

 まず何よりもゲームメーカーの責任は大きいでしょう。特に最近は何らの工夫もない焼き直しゲームしか世に出していない、そんな印象すら私は受けています。(ただしそういうゲームを遊んでしまうゲーマー側にも責任の一端はあるのですが。)しかもどうも最近は“奥の深いゲーム=ゲームシステムが複雑怪奇で遊び切れないゲーム”という勘違いをしているんじゃないか?。そんな気すらします。確かに「登場キャラクタ30名オーバー&各キャラに6つのモード&強さ調整が1〜4まで可能。」なんてゲームがあったら1ヶ月や2ヶ月では遊び切れないでしょう(爆)。でもそういうゲームを真剣に極めようなんて人はそんなに多くはない気がします。大抵はインターネットか雑誌の情報で「こいつが最強!」という情報を調べ上げ、それを適当に使って終わりになるのがオチなのではないでしょうか。

 それとゲーセン側も相変わらず昔の格ゲー全盛期に染みついた癖が抜け切らないようです。はっきり言ってしまいますが“対戦台を置いておけば皆遊ぶ”なんて時代はとっくの昔に終わりを告げているのです。例えば最近幾つかの3D格ゲーが登場していますが、新しく登場したキャラクタをどこで練習すればいいのか?、という問題すらゲーセンは見ちゃいないのです。どう考えても1人でじっくりプレー(研究)できる筐体を置くべきなのですが、そういう配慮をしているゲーセンって最近はほとんど無いようです。で、結局は「新キャラ研究するの無理だから、昔から使っているあれでいいや。」になっちゃう。これでは何のための新作ゲームなのか分かりません。

 はっきり言ってしまうと「格ゲー全盛期の頃に格ゲーに投資した100円に比べて、今格ゲーに投資する100円の価値は格段に目減りしている。」という事です。昔は格ゲーを極める事が仲間内での自分の地位を上げる1つの指標になったり、ゲーセンで注目を集められるステータスシンボルになったりしたのです。しかし今はそうじゃありません。今や格ゲーには自己満足という極めて狭い範囲での満足しか残っていないし、今後その傾向は(格ゲーからの更なる人口流出により)ますます強まるでしょう。それだったらメーカーやゲーセンは“そういう現実にあった遊び方”をさせるべきなのです。

 もちろんそのための最善策が“本当の意味での格ゲーブームを起こす事”であるのは言うまでもありません。しかし現実を直視すればそれが不可能である事は容易に想像できます。それは「ゲームメーカーやゲーセンが未だに格ゲーに夢を見続けているのに、そのくせ格闘ゲーマーに夢を見させようとしない。」からです。だったらせめて“現実を見据えた格ゲーの遊ばせ方”をすべきでしょう。今の格ゲーに必要なのは“極め甲斐のあるゲーム”と“それをじっくり遊べる環境”ではないか。私はそう考えています。それが供給できなければ格ゲーの衰退にはいよいよ歯止めがかからなくなるんじゃないですかね。

 ○ 今の格ゲーで何を目指すのか?

 どうも日本人って“対戦に勝つ”事に価値を見出しすぎている。そういう印象を私個人は持っています。これは例えばTCGの世界においても同じだと思います。ただどうでしょう。格ゲーにしろTCGにしろ、何も考えず単に目の前の対戦に勝つ事にはどれ程の価値があるのでしょうか?。もっと正確に言うと「我々はそのゲームで1勝する事に価値を見出せるような遊び方をしているだろうか?」という事です。我々のゲームへの取り組み方って、実はそのゲームでの勝利の価値を目減りさせるような事しかして来ていないんじゃないですか?。

 実際問題として、我々は格ゲーやTCGにおいて“プレイヤーの育成”をほとんどやって来ていません。1つの遊びにおいてプレイヤーは放っておけばどんどん減少します。頑張って人口を増やす努力をしても「現状維持ができれば良くやっている方だ。」とも言われます。その遊びのプレイヤーが減るという事は、私に言わせるとそのゲームでの1勝の価値が目減りしているという事なのです。(この辺は感覚的に話をしていますが、何となくご理解は頂けるのではないかと思っているのですが。)実際格ゲーやTCGでは全国大会で優勝した人間ですらほとんど話題にならないのに対し、囲碁や将棋はその優勝者を決める過程から注目を浴びている。例えばそういう事です。

 格ゲーという遊びがマイナー落ちしてしまった以上、全盛期の頃に比べて対戦での1勝は明らかに価値が目減りしている。そういう意識を今格ゲーを遊んでいる格闘ゲーマーのどれだけの割合の人達が持っているのか?。そこが私に言わせると問題なのです。そういう認識を持ってくれれば「じゃあ具体的にどうするのか?。」という話もできます。例えば「それなら100円で更に連勝できるようにこのゲームを極めてやる!」という選択肢もあるでしょう。でもそれって“自分が連勝している間対戦相手が現れ続ける”事を前提に話をしています。そして実際にはそういう前提が成立しない可能性が決して低くない。それが格ゲーの現実なのです。あまつさえその連勝実現のための手段が“たまたまバグで生み出された最強キャラによる最強戦術のみの繰り返し”だったらどうなると思います?。多分その連勝記録は間違いなく“他の格闘ゲーマーの更なる格ゲー離れ”という結果しか生み出さないのです。

 昨今の格ゲーの情勢って、日本の歌謡界における演歌の実状と相通じる物がありそうです。全盛の頃に新規ファンの開拓をサボり、そのツケが回ってきて衰退しても相変わらず昔の栄光にしがみついている。そういう印象を私は受けます。格ゲーがマイナー化してしまった今こそ、格闘ゲーマーに「自分達がこのゲームを盛り上げるんだ!」という意識と実行が必要になっている。私はそう感じています。ただしそれはひょっとすると「駄作だと思った新作にコインを入れず、メーカーに次回作への奮起を期待する。」になるかも知れません。我々が格ゲーという遊びを単なる惰性で続けてきたとすれば、それで格ゲーが良くなろうはずもないのですから。

   

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