一昨日御書
一昨日御書の概要 【文永八年九月十二日、平頼綱、聖寿】 一昨日見参に罷入候の条悦び入り候。抑人の世に在る誰か後世を思はざらん。仏の出世は専ら衆生を救はんが為なり。 爰に日蓮比丘と成りしより、旁法門を開き已に諸仏の本意を覚り、早く出離の大要を得たり。其の要は妙法蓮華経是なり。 一乗の崇重、三国の繁昌、儀眼前に流る。誰か疑網を貽さんや。而るに専ら正路に背て偏に邪途を行ず。然る間聖人国を捨て善神瞋を成し、七難並に起て四海閑かならず。 方今世は悉く関東に帰し、人は皆士風を貴ぶ。就中、日蓮生を此の土に得り。豈吾が国を思はざらんや。 仍て立正安国論を造て、故最明寺入道殿の御時、宿屋の入道を以て見参に入れ畢ぬ。 而るに近年の間多日の程、犬戎浪を乱し夷敵国を伺ふ。先年勘へ申す所近日符合せしむる者なり。 彼の太公が殷の国に入りしは、西伯の礼に依る。張良が秦朝を量りしは、漢王の誠を感ずればなり。 是れ皆時に当て賞を得。謀を帷帳の中に回らし、勝つことを千里の外に決せし者なり。 夫れ未萠を知る者は六正の聖臣なり。法華を弘むる者は諸仏の使者なり。而るに日蓮 剰へ将来を勘へたるに粗符合することを得たり。先哲に及ばずと雖も定て後人には希なるべき者なり。 法を知り国を思ふの志、尤も賞せらるべきの処、邪法邪教の輩、讒奏讒言するの間、久しく大忠を懐て而も未だ微望を達せず。 剰へ不快の見参に罷り入ること、偏に難治の次第を愁ふる者なり。 伏して惟みれば泰山に昇らずんば天の高きを知らず。深谷に入らずんば地の厚きを知らず。 仍て御存知の為に立正安国論一巻之を進覧す。勘へ載する所の文は九牛の一毛なり。未だ微志を尽さざるのみ。 抑貴辺は当時天下の棟梁なり。何ぞ国中の良材を損せんや。早く賢慮を回らして須く異敵を退くべし。 世を安じ国を安ずるを忠と為し孝と為す。是れ偏に身の為に之を述べず。君の為、仏の為、神の為、一切衆生の為に言上せしむる所なり。恐恐謹言。 文永八年九月十二日 日蓮花押 謹上 平左衛門殿 |