乗明聖人御返事
乗明聖人御返事の概要 建治三年四月 五十六歳御作 与大田乗明 相州の鎌倉より青鳧二結甲州身延の嶺に送り遣わされ候い了んぬ、昔金珠女は金銭一文を木像の薄と為し九十一劫金色の身と為りき其の夫の金師は今の迦葉未来の光明如来是なり、今の乗明法師妙日並びに妻女 は銅銭二千枚を法華経に供養す彼は仏なり此れは経なり経は師なり仏は弟子なり、涅槃経に云く「諸仏の師とする所は所謂法なり乃至是の故に諸仏恭敬供養す」と、法華経の第七に云く「若し復人有つて七宝を 以て三千大千世界に満てて仏及び大菩薩辟支仏阿羅漢を供養せし、是の人の得る所の功徳は此の法華経の乃至一四句偈を受持する其の福の最も多きに如かず」夫れ劣る仏を供養する尚九十一劫に金色の身と為り ぬ勝れたる経を供養する施主一生に仏位に入らざらんや、但真言禅宗念仏者等の謗法の供養を除き去るべし、譬えば修羅を崇重しながら帝釈を帰敬するが如きのみ、恐恐謹言。 卯月十二日 日蓮花押 乗明聖人御返事 |