富士宗学要集第三巻

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雑記(無題)

惣勘文抄十四四十五に云云。
止五十六に云く、不思議境智即陰是観云云。弘五上六十三に云く、不思議等とは、無始色心本是れ理性妙境妙智にして随妄不是不知等云云。止観網要四初に云く、無始色心等とは、無始流転の五陰、本有無作の境智なり。色を妙境と為し、心を妙智と為す。或ひは色心共に妙境と為し、色心倶に妙智と為す。初は自受用無色の心、次は自受用有色の心なり文。御書卅一十三即身の二字は色法なり。成仏の二字は心法なり。此の色心無始の妙境妙智と成る、是れ即ち即身成仏なり取意。
経に云く如来如実知見三界之相文。文九廿二に云く、如来如実知見三界之相とは、即ち是れ如々の智、如々の境と称ふ、報身如来の義なり文。故に自受用身也。
経に云く、唯仏与仏、乃能究尽、諸法実相文。
玄二十一に云く、文に諸法と云ふ、諸法は是れ所照の境広なり。唯仏与仏、乃能究尽とは、能照の智、深く辺を究め底を尽す文。故に一念三千也。

経に云く、諸仏両足尊知法常無性文。記四末四十に此の文を釈して云く、知とは照なり文。言ふ所の法とは十界十如権実之法なり。此の法は本有常住なり、故に法常と云ふなり、無性とは即ち是れ仏種なり。故に文四廿四に、中道無性は即ち是れ仏種文。仏種とは即ち五智如来の種子なり。一念三千は即ち仏種也。
止四五十九に、若心信法法則染心近穢臭近蘭香等、
御書十七廿二、十三廿八、十八七。
丁聞衆皆本尊なる事。
依大坊御蔵寛上正筆謄写之加一交了但未治本歟文断続又不用所有加之与流伝写本異也美濃十一、二行廿九丁
大正七年四月六日
富士大石寺浄蓮坊
雪仙窟主 水鑑日亨 花押

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