第10集 退職あとに



第2章 手前苗


   手前苗の植え付け

植えるにはあまりに小さきレタス苗 根気を詰めて精密作業

植え終えど収穫見えぬ手前苗 後は天候運に任せる

店頭の野菜の苗に目をやればキャベツの苗が巨大に見える

ブロッコリーキャベツまとめて十五本九百円なら安い買い物

初めてのブロッコリーにレタス苗育ってくれるか神のみぞ知る

植え終えてひと安心の秋の苗 あとは本業稲刈り準備

   9月に入って

たてつづけ台風襲う我が日本ゲリラ豪雨が大暴れして

大雨で倒伏ばかりのコシヒカリ今年の米は不作の気配

何処見ても異常気象の世の中で食べ物だけは確保をしたり

   湿田

湿田を毎朝嘆く我が親父 耳遠くして相槌聞こえず 

倒伏の田圃刈り取る難作業 気だけ焦るが一人では無理

嫁はんと息子の戦力捨てがたく予報睨んで休日期待

湿田も晴れ間続いて刈り易く 手刈りあれども快適作業   

   台風一過

台風で大雨なれど安堵感刈り取り済みし田圃を眺め

株間が池になりたる我が田圃刈り取り前なら大騒ぎのはず

橋げたを激流超える渡月橋 各地の被害でテレビに流れ

過ぎるまで待って居ようよ籾摺りは無理した仕事に良い仕事なし

   秋の旅行
 
移動する宴会場となりにけり親睦旅行のバスのラウンジ

朝からのビール体に良く染みて敦賀過ぎれば酔いどれ気分

昼飯は但馬牛の焼肉屋 追加の肉が晩まで残り 

店名がたじま路ならば但馬牛 店のお客は勝手に想像

造船や新幹線の川崎は 戦後日本の成長支え

造船が屋台支えるバイク屋のデザインやはり大作りなり

格式の赤黒基調の中華店 味も値段も高級予感

大皿の料理たちまち空になり 若き男ら囲むテーブル

満杯のエレベーターの派手者はヨサコイ参加の若人たちよ
 
七時から行列できるバイキング 味というより時間の都合

   秋の旅行の2

湊川神社参って地下道へ 迷って出れば神戸駅なり

此処彼処小洒落た店が点在し 異人住みたる神戸市街地 

六甲の展望台に降り立てば紀伊半島や淡路が見える

本業は式場なりし三田ホテル 余力で作るバイキングなり

整然と住宅並ぶ三田市は港神戸のベッドタウンよ

中国が稼ぎ頭のカップ麺 製麺老舗の生計うるおす

当初から群抜く製品完成度 カップヌードル世界を制覇

定番のビデオかかりし帰路のバスドタバタ劇より落語がよろし

   十月の野菜歌
 
知り合いに貰いし苗が分からない紅苔菜か紅菜苔か

朝採れの選り遅れた大根葉 我が家だけでは調理し切れず

ピンセット使って植えたチビレタス 大きく育って今が食べ頃

夏蒔きのスナップインゲン不調にて土が悪いか全く採れず

十月の半ば過ぎれど収穫可 オクラ五本とモロヘイヤ達 

五ヶ月も採れ続けたるナスの株 食を賑わすありがたき奴

ジャングルの様相なれど実を付ける 野生に近いミニトマト達

虫もなく立派に育った小松菜は採る暇なくて母が収穫

水切れで成長止めた里の芋 株元掘ればそれなりの芋

   みかん君

みかん君昼間は窓からそと出され朝と晩とは家猫しても

ブルルンと首振る力が並外れ野生の血を継ぐアメリカン猫

元々が頭の悪い舶来猫 幾ら叱れどしつけが出来ず

室内も警戒心だけ一流で 物音ひとつでピクリと動く

両足でジャンプが出来る脚力は 山猫譲りの太い腰から

鳴き声と姿かたちは可愛いがやることなすこと野性動物

   娘よ

八年の苦労が実る合格よ 娘受けたる難関試験に

受験して4ヶ月後の発表に 娘も家族も落ち着かぬ日々

勉学の苦楽をともに歩む友いつしか彼と彼女になりし

幸せになってくれよと願う身よ 法曹の道歩みし二人に

   最近の父

今までにやってきたこと出来ず居る 米寿迎える我が父のこと

耳遠く細かな話が出来ぬ父 力が落ちて荷物も持てず

   自作趣味 

板切ってユニット取り寄せ組立てる手間隙かけて作る楽しみ

木工と電気いじりが合わさって自作オーディオ我が趣味に合う

結末は予想以上の83と期待はずれの126機

卓上は極上音の711も大音量は想定外よ

泥沼に入り始めた音の道歓びなるか苦しみなるか   

   手術

まな板の鯉となったり吾が命 大病院の病室入れば

人工の呼吸器付ける大手術不安がないといえば嘘なり

人生のオーバーホールよ十日間定年後の楽しみ控え

一枚のカーテン仕切る病室もエアコンテレビで快適な城

体力が有り余りたる術前日ベッドと病衣与えられしも

手術日の朝のベッドでクラシック小さな音でも心に染みる

一杯の温かき茶で生き返る手術前の絶食の朝

温かき手術ベッドに癒される手術の前に裸で寝かされ

三つ目で意識途切れる全麻酔四時間後までタイムワープよ

   手術の2

点滴とチューブ絡まる身体でも夢の題材自由自在

バルーンにて溜まりし尿に安心し血液混じりてピンクなれども

1時間ごとに見回る看護士に安心あれど熟睡は無理

はちきれんばかりの若き看護婦が動けぬ身にはまぶしい限り

初めての体験となる紙おむつ幼児と違ってぶかぶか仕様

消灯後病棟入ったおじいちゃん痰が切れずに大騒ぎする

三日目でやっと安眠できたよう二時間おきの目覚ましで済む

初食事重湯に味噌汁牛乳も我が身体では食べ切れず居る

カーテンを通し聞こえるご家族の会話ひとつで家庭が透ける

   手術騒動

立て続け吾と親父の手術済み我が家もやっと正月明ける

定年に二ヶ月残すこの時期にひと月休むと予想だにせず

老親の腹切り開く大手術 達磨の腹にへの字が残る

十日間寝泊りしたる病院に 退院すれど愛着が湧き

   親子

親子にて腎臓手術も珍しき 同じ病院同じ時期にて

大事がふたつ重なり笑い事 年末からの緊張切れる

先陣を切って息子が入院し1週後に親父が入る

結婚や合格続いた我が家にも反動あったか入院続く 

   病明け

病明けちょっと動けば息切れる気持ち焦れど回復遠し

退院し自宅療養十日間 回復までの必要期間

三月の定年までの二ヶ月が病の身には重くて長い

体力の落ちた身体に弱気出ていつもと違う未来を見たり

意外にも回復早い我が親父長生きするぞと牛乳を摂り

   二月の想い

定年をひと月残し支所庁舎見上げる空は晴天なりし

いつまでもあると思うな我が命やりたい事は気にせず進め

アジアかなヨーロッパかな我が想い旅行会社でパンフを集め

一番は食も遺跡もタイなれど首都のバンコク政情不安

憧れのイタリア周遊八日間シーズンならば片手は下らず

海外に夢膨らます熟夫婦仕事持つ身は日程合わず

相棒に何を選ぶか一人旅本格仕様か簡易のレジか

退職の書類を全て出し終えば足も気持ちも宙に浮きたり

   古き仲間

退職で古き仲間が集まれば話題は年金健康のこと

病院の話題で宴が盛り上がり 還暦過ぎた五人の男

仲間みな同じ職位で退職し過去の話も気兼ねが要らず

片手する最高級の日産車退職金なら射程の範囲か

退職を機会に車放したりそんな御仁も中には居たり

年老いた親の面倒四苦八苦どこの家でも似たり寄ったり

再会を誓う古き仲間たち 歳を抱えてこの世生き行く



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