大声大会


「ワォー」
「ギャー」
 有りったけの大声が山頂からひびく。
「ばかやろー」
「だれだれ、死んじまえー」
 なんて物騒なのもある。
 今日は主催事業「チャレンジ一乗城山登山」の当日である。市内各地区から集まった小学5、6年生が90名余り。朝10時には自然の家を出発。峠を越え、安波賀の村を越え、城山に登りはじめたのが11時すぎ。さすがに子供の足は速い。わいわいと言いながら1時間もすると頂上付近についてしまった。
 ここは朝倉遺跡の城跡になる。一の丸跡、二の丸跡などや、本丸跡などが有るが、まだ発掘はされていない。休憩場所に選んだのは宿直跡と呼ばれるところである。見晴らしが良く、一乗の谷はもちろんのこと、福井市や遠くは三国の海岸まで見とおすことが出来る。ここで、昼食を採り、その後の大声大会である。
 声の大きさは市の環境保全課で借りてきた測定機で計る。普段は住民の環境保護のため、道路や工場の騒音を測定している。ハンディタイプでリュックの中に簡単に入るものである。
 基本的には後は何もいらない。場所の設定だけである。谷に向い視界が開ける所にちょうど良い切り株を見つけ、この上に立つ。10メートルほど離れたところで先程の測定機で計る。他の子供たちが邪魔しないようにロープを張る。気分を盛り上げるために事前に作ったポスター兼記録発表用紙を松の木に貼り付ける。設定はこれだけだ。
 後はカウンセラーの1人が順番に子供たちを発声させる。測定と記録もカウンセラーの役目だ。男の子は班ごとに全員。女の子は希望者だけとなった。
 どうしても高い声の子供が成績が良い。周波数が高いほど測定機の針を大きく動かすようだ。後で職員も特別参加したが、声が低いのか、大きさが足らないのか子供の声には及ばなかった。
 山の上で遥か遠くに向かって大声を出すのは、なんとも気持ちが良いものだ。日頃のもやもやが何処かへ飛んでいってしまう。体も何か引き締まった感じがする。これも自然に返る一つの方法かも知れない。
 子供たちにとっては日頃大声を出す機会は余りないだろう。精々こんな機会を利用して大声をだし人間回復をして欲しいものだ。



永平寺から歩く



 ある学校。打合せのときから普通の活動とは違うことを考えていた。朝倉氏遺跡の見学や山越えハイキングはせずに永平寺から自然の家まで歩くことになった。
 さて、当日は朝9時ごろに宿泊の荷物だけ自然の家に置きに来た。このあとまずバスで永平寺まで行き、遅くとも10時には向こうから歩き始めたはずだ。
 自分が打合せをして、しかも今日は宿直で、この子供たちと一緒に宿泊をするので気になっていた。11時過ぎに自然の家のバイクを借りて様子を見に行く。バイクで自然の家を遠く離れるのは初めてだ。足羽川沿いに走り、永平寺有料道路を登る。
 しばらくして、ちょうど高田付近を歩いているのを発見。峠のトンネル付近かとも思っていたが、思ったよりも早いペースだ。男の先生を先頭に道の右側を行儀良く歩いてくる。バイクを降りて列を迎える。
「疲れたか」
 との問いかけにも元気な声が返ってくる。手を振ってくれる子もいる。思ったより元気なので安心した。昼食はこの下の神社の駐車場で食べるという。
 そこまでバイクを引っ張りながらつきあうことにした。雲一つない秋空のもと。子供たちと話しをしながら歩くのは楽しい。あっと言う間に昼食会場についた。
 子供たちが整列をしているのをみて、自分はこの場所を離れ帰路についた。この様子ら早い時間に自然の家につくことが出来るだろう。朝倉氏遺跡付近のハイキングも悪くないが、永平寺ハイキングもなかなか面白いなと感じた次第である。



しっかりした学校



 とてもしっかりした学校である。夕べのつどいは司会者はもちろんメモなど持っていない。全て暗記している。旗の係もハイという返事とともに出てきて、テキパキと動いている。市民憲章をいう係ももちろんである。スピーチの係が5人。今日あったことを一言二言いうのが普通の子供である。ここの子供は話す内容が良い。態度も素晴らしい。
 その他のこともどの職員に聞いてもその素晴らしさをほめる。団体の行動としてはほとんどパーフェクトに近い。日頃の学校の指導の力を感じさせる。
 さて、1泊2日の宿泊学習を終え、帰る時間となった。退所式までの待ち時間に近くの女の子に話しかけてみたが、模範的な回答が返ってきた。自分としては本音が聞きたかったのに、残念だ。
 それまた立派なしっかりした退所式を終え、所長と子供たちを送ることになった。
「さようなら」
 と声をかけると、
「ありがとうございました」
「さようなら」
 の返事がきちっと返ってくる。
 でも、ちょっと変だぞ。いつも子供たちのような笑顔が見えない。視線が私たちに向いていない。こういう時はこういう返事をするのだというような返事だ。
 結局この子供たちから本当の笑顔は最後まで見られなかった。少なくとも楽しい想い出は持てなかったかもしれないなと思わせる見送りであった。
 ほとんどの学校が目標としている模範的な宿泊学習。この学校はそれを達成出来た。これはこれで素晴らしいことだと思っている。
でも、なにか一番大切なものを忘れてしまったような気がして、自分としては寂しさを感じている。



集中力



 いい加減にいやになってきた。
 子供はほとんど人の話しを聞いていない。班のまとまりもない。炭に火を付ける集中力もない。指導者も声はかけるのだが、肝心の子供が動かない。こんな場合は本当にいやになってくる。
 入所式はいつものように集いの広場で行われた。バタバタと出てきた旗係は校名旗をきれいに上げられなかった。司会者もやっとこなしているという感じ。
 夜のキャンドルサービスの時間である。そういえばこの団体にゲームを頼まれているといって、何日も前から練習をしていた職員がいた。一般的には第2部は子供たちが自主的に出しものを用意する。賑やかな楽しいキャンドルサービスの中心的な時間となる。しかし、この団体は職員の用意したゲームで過ごした。
 あとで担当した職員に聞くと、女神が周囲を周り切らないうちから営火長が話しをしだしたとか、行儀が悪くてゲームがやりにくかったとか報告を受けている。
 つぎの朝、部屋を見回った。本来なら布団、毛布、枕が順に畳まれて、ベッドの廊下側の方にきちんと積まれている。ほとんどの団体は上手にこなせるのだが、この団体は荷物を出した後でも畳み方が不揃いで、乱れたままである。
 もしかすると指導者が見回らなかったか、もしくは、見回って注意をしてもほとんど子供が動かなかったかどちらかだ。これは、あとでやり直しがいる。
 そして、バーベキューの時間である。これはみんなで協力して、手際良くやらないとこなせない。
 説明が終わり、ワーッと子供達が動きだした。しかし、動いているだけで、それぞれが効率的な動きではない。材料が入れてあるカゴがあちこちに置かれている。鉄板を持っていっていない班もある。つい大丈夫かなと思ってしまう。
 ちょっと遅れぎみなので、マッチを持って各かまどをまわる。着火剤に火を付けて、炭を置いていく。細かく割りすぎている班や、大きな炭をそのまま置いてあるものやら様々だ。なかにはこちらに任せっきりの班まで出てきた。
 あくまでも職員は助ける立場で、主役になってはいけない。これはいかんとあわててその場を去る。
 あまり管理されている子供もかわいそうだが、こういう子供も別の意味でかわいそうだ。キャンドルサービスの出しものがなかったのも納得できるような気がする。





 ここ何日も良い天気が続き、まっ青な空がいかにも秋を感じさせている。
 さくら等の落葉樹の葉が少しづつ色付き、常緑樹との対比をきわだたせている。この場所が森林林業試験場のころに植えられた珍しい松や杉の、本来常緑樹であるのだが、古い部分の葉が枯れ落ち広葉樹とともにアスファルトの上に秋のまだら模様を作っている。
 この時期の木々たちの様子を見ていると、何とも言えない落ち着きを感じさせる。枯れいくものたちの哀愁とでもいうのだろうか。
 この道は生命の誕生を思わせる新芽の季節からずっと見てきた。
 萌え出るような春の新緑。永遠の成長さえ感じさせるその生命力を見ることが出来る。
 山一面が緑色に染まる初夏には、それぞれの植物たちの喜びにあふれる大合唱が聞こえてくる。
 夏、整然とした生物たちの営み。着々と過ごす日々。近寄ってみれば、蒸せかえるような木々たちの息づかいが聞こえてくる。
 そして、初秋、夏の営みを形に残すかのように、栗、アケビ、柿、しいなどの木々が実を付ける。森のめぐみは動物たちに貴重な食料を、そして、人間には秋の味覚を与えてくれる。
 一つの森を今年のようにじっくりと見つめることができた年はない。知識として知っていた新緑や落葉がこれほどまでに感動的で、ドラマチックだとは今まで知ることはなかった。
 その進みの早さに驚き、そして、そのはかなさに胸を打たれる。
 みぞれが降り始め、里の人々がこたつやストーブに火を入れるころ、森はシーズンの営みを終えるように葉を落とし厳しい冬にそなえる。



カキの木



 ふれあい広場の片隅に、樹齢30年ぐらいのカキの木が3本ある。以前に甘柿だと聞いたことがあるので、柿採り用の竿とバケツを持って出かけた。
 野鳥の広場から階段を登り、ふれあい広場を横切る。柿の木の方向を見ると、高いところの枝に柿が幾つが見える。
 木の根元までたどりつき上を見上げる。木の高さは7〜8メートルあり、持ってきた竿は下3分の2ぐらいしか届かない。その竿が届く範囲にはほとんど柿が見当らない。今年は柿の出来が良くなかったのだろうか。
 わずかに届く柿を一つとってみる。大きくはない、中ぐらいだ。さっそく持ってきたナイフで皮を剥き試食する。渋くはなく、まずまずの甘さだ。しかし、採ろうにも届く範囲にはないのだからしょうがない。
 帰ろうとしてふと足元を見ると柿が一つ落ちている。拾い上げるとまだ枝からはなれてそれほど日数が経っていない。誰かがうっかり落としていったもののようだ。どうも、2〜3日前に柿をむぎに来た連中が入る様子。これではないのが当たり前。しょうがないとこの場を去ることにした。
 ふれあい広場を横切り、階段を降りようとしたら、左手の斜面に小さなカキの木が見えた。小さくて傷だらけの柿が10数個見える。これも一個採って試食してみれば先程よりは甘みが強い。今日はこれで我慢しようと、T先生と2人でバケツにいくつか納めた。
 ここは目立つところではない。しかも、柿が小さくて傷だらけ。見つけられなかったか、見つけても採るに足らなかったものだろう。形は悪いが何とかなりそうだ。これを事務所へのお土産にすることにした。



返品



 自然の家の室内活動の中に紙飛行機作りがある。競技用の物をはさみと接着剤で1時間30分ぐらいかけて作る。胴体はバルサ材を使用してあり、上手く出来ればかなり遠くまでとぶ。
 この飛行機が在庫切れになった。こういう風な特殊なものは福井にはなく東京の業者に注文する。いま使っていたバルサ材で出来ているものはないということなので別の種類のものが1000機来た。
 それではと職員がためしに一つ作ってみた。翼は3枚の紙をつなぎあわせ、胴体も5枚の紙を張りあわせる方式。かなり、手間を要している。翼はねじれやすく、胴体は反りやすい。しかも、機体は以前のそれに比較して重い。
 時間もかかるようである。大人でも2時間かかってしまった。子供は3時間は必要か。中学生以上の生徒や、大人用ならこれの方がおもしろいかもしれないが、小学5年生が中心のこの自然の家には不適当であるようだ。
 相談の上、この機種は返品することにした。やっと送られてきたのに返品するのは心苦しいが、活動を考えるとしょうがない。
 毎回の活動に3時間もかける訳にはいかない
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