オニヤンマ



 この少年自然の家は山の中腹にあり、ハイキングやオリエンテーションが活動が中心である。川らしい川がないこの自然の家には、水辺の生物は無縁のものと思っていたが、そうでもないらしい。
 7月初旬の雨上り、谷から流れ落ちる水音に注意を引かれ山際へいくと、そのみずみずしい緑に圧倒される。長雨で水分をいっぱい吸い込んだ木々と大地の匂いが気持ちをリフレッシュさせてくれる。胸いっぱいに吸い込んだ空気にもさぞかし酸素の量が多かろう。
 裏の山から流れ出る雨水は、建物の後ろの排水溝に流れ込むようになっている。このところ長雨が続き、水量が増え音を立てて溝に流れこんでいる。この排水溝は幅が約90センチくらいあり、何種類かの水辺の植物が育っている。
 この水の流れに沿って、何気なく体育館の横手までいった。ブロックの石垣の途中にオニヤンマが一匹止まっている。羽化して間もないらしく、オニヤンマの特徴である黄色と黒の縞模様がまだ薄い。尻には体内から排出した水滴がぶら下がり、柔らかそうな羽をかすかに震わせている。
 生命の誕生を思わせる感動的な場面である。写真の残そうとカメラを取りに事務所に戻ろうとした瞬間、人の気配を感じたらしい。その若きオニヤンマの羽は空気を震わせ、石垣を這いあがるように林のなかに消えていった。
 気がつかなかったが、2メートルほど上にもう一匹のオニヤンマ。殻から抜け出し、これまた今、羽を拡げようとしている。
 この場所は集いの広場の近くだが、普段はほとんど人が通らない。この自然の家では、水辺の生態を見せてくれる貴重な場所である。
 出来ればもう少し溝を広くとり、水を貯めるようにしたいものだ。そうすればもっと多くの昆虫たちが住むことが出来る。



雨宿り



 子供達がオリエンテーリングに出発した。自分自身がまだ確認していないポストがあるので、子供のあとを追って出掛けることにした。この時期は草が伸びるのが早く、雑草に隠れているポストがいくつかあるはずだ。その整備もかねて、山鎌を一本持って出る。
 玄関を出るとき雨がぽつんときていたのだが、空は明るいので気にもかけなかった。  趣味の家へ別れる三叉路近くにあるポストを探すために、道を外れテントサイトにおりる。この前ボランティア団体が草刈りをしたのできれいになっているのだが、さすがにこの時期だ。すでに伸びてきている草がある。
 鎌で払いながらポストを探すが見つからない。道の上からはゴールに戻る子供達の声が聞こえる。
 突然バラバラと雨が落ちてきた。ここは立ち木がおおく、少しの雨は何ら不安がない。木の下でしばらく休憩だ。2〜3分もすると雨が止んだので、またポストを探す。 駐車場の近くまでくると、また雨が落ちてきた。こんどは近くの大きな夏グミの下に逃げ込んだ。先程の雨で葉が濡れているので、間からぽつんぽつんと水滴が落ちてくる。
 木を替えるが状況はさほど変わらない。ちょっとまずいと思うがキャンプ場の建物までいくには雨足が強すぎる。今度は本格的な降りで、ちょっと止みそうにもない。
 ポストの位置を示す地図を持ってきたのでそれを頭の上において雨をしのぐ。事務所に連絡したいが近くに電話もない。ポスト探しはしばらく中止だ。
 15分ほどしただろうか、すこし小降りになってきた。頭に地図を乗せたまま、池の横を通りキャンプ場の建物に向かう。途中ちらっと見やったあじさいの花がやけに生き生きとしている。やっとの思いでキャンプ場の下のトイレまでたどりつく。今度は安心だ。
 トイレの床が汚れているのでこの機会にと思ったが、ほうきが見当らない。水で流せばこの雨ではとても乾かないだろう。掃除はやめにした。
 落ち着いて周囲を見ると、小鳥が一羽、3メートルほどの杉の枝で雨宿りをしている。自分が濡れないという安心感があれば、どんな雨でも観賞の対象だ。
 近くの炊事場まで移動して、雨の上がるのを待つことにした。表面が水で光りはじめたファイアー場を眺めつつ、この後の子供の活動を考えている。



吹奏楽部



 高校の吹奏楽部。夏休みの合宿は泊まり掛けだが、練習のときの音が大きいので普通の旅館ではとても駄目。安くて、しかも、近くに民家がないということでこの自然の家がよく利用される。
 今日もある高校の吹奏楽部が昨日から2泊3日の合宿だ。他に団体がある場合は、迷惑になるので練習は多くの場合別館を利用する。音出しや個別の練習は天気の良い日は屋外の木立の影でする。
 いつもは静かなこの自然の家もこの日ばかりは賑やかだ。まるで高校がそのままここへ移動したみたいで、それはそれなりに楽しい気分になってくる。
 また、この団体の朝の集いの時間など、その雰囲気には和やかで自由な感じがある。この団体に限らず高校などのクラブで来る合宿は総じて雰囲気が良い。学校の授業で来るのとは違い、しばられていないのでリラックスしている。
 そして、自主性も感じられる。休憩時間ではロビーで休むのだが、けん玉や独楽で遊ぶ姿がよく見られ、その姿は見ていてもほほえましい。
 夏のこの時期は高校野球の季節。すでに県予選が2〜3日前から始まっている。今日の午後はこの学校の野球部が出ることになっている。ここの吹奏楽部も応援のために、ここから直接球場へ出かけていった。
 準決勝なのでテレビ中継がある。攻撃の場面では応援団も画面にでてくる。よくは分からないがあの子たちもその中にいるはずだ。テレビを前に応援していたが、健闘むなしく3対4で惜しくも負けてしまった。応援していた吹奏楽部の連中もさぞかし残念な気持ちでいることだろう。
 もう一泊するために今晩この自然の家に戻ってくるのだが、その悔しそうな顔や姿が目に浮かぶ。子供たちにとっても、思い出深い合宿になることだろう。



資質



 先週の土日からカウンセラーの活動がはじまった。数組の団体が来館し、カウンセラーと共にキャンプファイアーやキャンドルサービスをそれぞれに楽しんだはずである。
 火曜日に出勤してふと後の棚の上をみると、見慣れない文字のつづりがある。それがカウンセラーが作った手製の名簿であることに気づくのに、それ程時間を要しなかった。イラストなどを使い可愛らしい文字で楽しく仕上げてあり、みるだけで浮き浮きするような出来である。
 カウンセラーの仕事は子供を相手に様々なことが要求される。子供が好きだという他に、柔軟な頭とユーモアあふれる気持ちの余裕が必要である。カウンセラーが作ったこの名簿が、なぜかこのようなカウンセラーの適性を表わしているようでならない。
 これはカウンセラーだけでなく、我々自然の家の職員にとっても同じではなかろうか。新しい活動の企画や、その場にあわせた活動指導、数多くの設備や道具のメンテナンスなどの業務が複合的に合わされている。とても決まり切った堅い頭ではこなせない。柔らかい頭でその場その場の状況を把握して、的確に判断していくことが必要だ。
 職員にとって更なる努力が求められている。せいぜい、この若き学生たちに敗けないように全能を傾け頑張りたいものである。



出前指導



 山鳩だよりの17号に、自然の家の活動の一つとして草履作りを紹介したことがある。公民館からこの草履作り指導の問い合わせが何件かあり、今日はある地区公民館で開かれる少年学級での実地指導だ。事前に公民館でポリロープを準備してもらう。一人当りの材料は1メートル50センチにきったロープが2足で12本。それにハサミが必要である。
 10時から開講とのことなので早めにと9時すぎには自然の家を出た。服装は自然の家の制服そのものでは都合が悪いし、かといってネクタイ姿も動きが悪い。ポロシャツにスラックスで出掛けることにした。9時30分には公民館に到着。社会教育課のときは事務連絡でよく来たものだが、今日は講師として訪館だ。一度は憧れた立場ではある。
 さて、講堂で草履作りの始まりだ。開会の挨拶は公民館長。その後指導に入る。ござをひいてその上に座らせる。靴下を脱いで両足の親指にロープをかける。大人と違い小学生では要領が悪く、一人一人手にとって教える必要がある。初め10数人の予定だったらしいが、今回は8人だ。公民館長と主事さんを含めても10人。きめこまかにするにはこれくらいがちょうど良い。これ以上だとちょっと無理のような気がする。
 1時間近くかけて、やっと一つ出来上がる。背を曲げた姿勢をとったことがないのか、背中が痛いと背伸びをする子もいる。最初はどうしても形が不揃いになる。幅広いものや、ふかふかのものなど様々である。2つめはあまり手伝わないつもりでいたのだが、小学生だとそうもいかないみたいである。それでもさきほどよりは手をかけずにいる。
 予定の2時間かかって1足分の草履が出来上がった。みんなで記念写真を撮って、気分良くこの日の草履作りを終わることが出来た。



看板取付け



 公民館での現地指導の帰り、ホームセンターでコンクリート用のドリルの刃やL字形の棚うけなどを仕入れてきた。午後からは時間がとれそうなので前から手がけている案内板の取付けをする予定だ。 食事をすませ電気ドリル、キリ、ハンマー、針金などをもって研修室の看板からはじめることにした。食堂の看板も取り付ける予定だが、ここの方が目立ちにくいのでテスト用としてはここの方が良い。
 研修室から机をひっぱりだしてきて足台にする。柱にL字形の棚うけをあてて、大体の見当を付け鉛筆で印を付ける。延長コードで電源を引いてきて、電気ドリルで穴あけの作業だ。本来ならコンクリート用の振動ドリルの方が作業がはかどるのだが、自然の家にはないので普通のものだ。
 さっそく、目印めがけてドリルの刃を当てる。ギューンという音をたてながらドリルの刃を柱におし当てる。壁紙はすぐあくのだが、さすがにコンクリートは固い。5ミリぐらい掘るのに1分ぐらいもかかってしまう。道具が道具だから仕方がないと諦め、その分、力をいれている。
 何とか深さが2センチくらいになった。本来3ヵ所でとめるようになっているのだが、ここは2ヵ所だけにする。もう一箇所の穴にも5分かかった。
 鉛のプラグを金槌でたたき込み、支えを木ねじで締め込む。これで下準備は出来た。あとは焼き杉の板を取り付けて終わりである。
 要領が分かったので今度は食堂の看板に挑戦だ。同じ要領なのだが、ここの柱はコンクリートの質が違うのだろうか、簡単に穴があく。これくらいなら特に振動のドリルは必要ないと3箇所あけて案内板をとり付けた。
 この後、たてつづけに4つの看板をとりつけて、約3時間。自分ではそれほど時間がかかっていないつもりだったが、午後一杯かかってしまったようだ。前からやろうとしていた取付けである。今日は満足、満足。



オーケストラ



 夏休みは高校のクラブがよく泊りにくる。今日は吹奏楽部と演劇部がきている。夕べの集いの時に吹奏楽部が練習の成果を聞かせてくれることになった。
 一通りの集いが終了したあと、体育館にて演奏が始まった。総勢約50名の大きな楽団である。指導の先生の話によると2、3日あとに福井県を代表し神奈川県まで演奏をしにいくという。この宿泊合宿はそのそうまとめらしい。
 今日は練習している2つの曲のうちの一つ、オールドファンなら誰でも知っている映画「旅情」のテーマソングを演奏してもらうことになる。
 30代の男先生による指揮で演奏される旅情は、さすがに生の演奏といえるものである。体育館いっぱいに広がるその響きはここが自然の家の体育館であることを忘れさせる。どこかのコンサートホールに来たようである。
 お下げ髪の学生が引くベース。一生懸命クラリネットを吹いている子も可愛いらしい。こんなこどもの集団でこれほど素晴らしい演奏が生まれる。これはひとつの感動といえるものである。一緒に聞いている演劇部の女の子も初めてこのような演奏を聞くのか熱心に聞き入っている。
 演奏が終わり部屋へ戻る途中、演劇部の指導の先生が、涙がでてくる程よかったことを話していた。子供達からも吹奏楽部に入りたいとの声も聞こえる。
 特に期待していたわけではなかったがこんな所で生の演奏が聞けるとは思いもよらなかった。福井を代表していくからにはかなり上手な部類に入るのであろう。ぜひ全国大会では頑張ってほしいものである。
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