ガンカモ類ネットへ参加した石川県片野鴨池におけるマガモの調査活動
゚山本浩伸・大畑孝二(日本野鳥の会サンクチュアリ室)
石川県加賀市にある片野鴨池は,北陸以西ではもっとも多くのマガンAnser albifrons,ヒシクイA.fabalisが越冬し,マガモAnas
platyrhynchos をはじめ,全国的に個体数の少ないトモエガモA.formosaなど多くのカモ類の飛来する国内有数の水鳥渡来地である.鴨池は,石川県の天然記念物(1969年指定),
越前加賀海岸国定公園第一種特別地域(1993年指定), 国指定片野鴨池鳥獣保護区特別保護地区(1993年指定),
ラムサール条約登録湿地(1993年指定),東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク参加地(1999年参加)となっている.
片野鴨池は総面積10haの湿地で,1678年に開田されて以降,1999年まで農家による稲作が行われていた.また,1688年から現在に至るまで,伝統的な投げ網猟,坂網猟が行なわれている.池の東岸には加賀市鴨池観察館があり,環境教育や調査活動の拠点施設としての役割を果たしている.片野鴨池における調査活動に注目すると,日本野鳥の会のレンジャーや鴨池観察館友の会に所属する市民ボランティアらによって,約20年間に渡って鳥類相をはじめとする各種生物相の記録が蓄積されており,2003年4月には,それまでの蓄積の集大成ともいえる報告書がまとめられている.また,鴨池観察館友の会は,1999年に雁の里親友の会の実施したカムチャツカ半島でのヒシクイの標識調査に会員を派遣し,現地の研究者と交流を持つなど,国際的な活動も実施している.
鴨池を越冬地として利用するカモ類の個体数は,近年減少している.その原因として,カモ類が採食場所として利用してきた鴨池周辺水田の環境変化による食物の減少,また,加賀市周辺の湖沼の多くが銃猟禁止区域に指定されたことによるカモ類の分散,県道拡幅や高速道路敷設による都市化などが考えられている.そこで,1997年以降,片野鴨池に飛来するカモ類の減少を抑制することを目的とした試みが行なわれている.
本講演では,1997年以降に実施した,カモ類の生息環境保全に関する調査を中心に報告する.
1)カモ類の採食環境選好性
カモ類は,日中は安全な湖沼で休息し,日没以降に水田や河川などで採食する.カモ類の採食環境の選好性を明らかにするため,片野鴨池周辺で異なる水田環境を用意し,飛来するカモ類の個体数を調べた.用意した水田は,(1)水を張り,籾を撒いた水田,(2)水を張り,籾を撒かない水田,(3)水を張らず,籾を撒いた水田,(4)水を張らず,籾を撒かない水田,の4種類の環境の水田である.カモ類は,(1)水を張り,籾を撒いた水田にもっとも多く飛来した.(2)の水田には少数が飛来したが,(3),(4)の水田には飛来しなかった.それぞれの水田を利用したカモ類の割合には,有意な差があった.
したがって,カモ類は採食地として,水があり,籾などの食物がある水田を選好すると考えられた.
2)カモ類の採食行動範囲
片野鴨池を取り囲む丘陵において,坂網をもちいてカモ類を捕獲し,地上用電波発信器を装着して採食行動範囲を調べた.捕獲したカモ類は,マガモ,トモエガモ,ハシビロガモであった.カモ類は,1例を除いて加賀市内の水田で採食しており,片野鴨池から採食場所までの距離は11km以内であった.
片野鴨池で越冬するカモ類の個体数と,加賀市内の暗渠排水設備が設置された水田面積のあいだには有意な負の相関があり,有意な回帰式が得られた.しかし,加賀市内の稲の作付け面積とのあいだには有意な負の相関は認められたが,有意な回帰式は得られず,加賀市内の水田面積とのあいだには有意な相関は認められなかった.
したがって,片野鴨池で越冬するカモ類の減少の一因として,採食環境の悪化が影響していることが考えられた.
←夜間行われた、電波受信の調査
3)加賀のカモ米ともえの取り組み
鴨池で越冬するカモ類は,水があって食物がある水田を選択し,おもに加賀市内の水田で採食していることから,市内の水田に水を張る冬期湛水水田事業はカモ類の採食環境を保全する上で有効である.そこで,市内の農家と協力し,水田への冬期湛水と籾の供給を行ない,その水田で収穫された米をブランド米「加賀の鴨米ともえ」という名称で販売することで,稲作とカモ類の保全を両立することを試みている.
水田に冬のあいだ水を張り籾を撒くことで,カモ類の採食地としてよく利用されるようになる.その水田では,抑草効果,施肥効果が認められ,除草剤,肥料の量を減らすことができた.また,米の収穫量は慣行農法で稲作を行なった場合と比較して減少することが多かったが,通常よりも高く販売することで減収分を補填した.
この試みでは,慣行農法と比較して最大で水田1枚あたり約75,000円多く収入を得ることができたが,注文の受付や発送作業などをボランティアに頼っており,水田面積を増加させることができていない.今後は,販売方法の確立が必要である.
4)今後の活動
片野鴨池はトモエガモの国内最大級の渡来地であり,観察館レンジャーがアジア太平洋地域渡り性水鳥保全委員会・ガンカモ類ワーキンググループ・トモエガモタスクフォースにメンバーとして参加していると同時に,同ワーキンググループ・トモエガモプロジェクト日本チームの事務局も担当しているなど,とくにトモエガモを対象として,国内外の研究者との交流が活発化している.
今後は,大規模な群れが観察される韓国との共同調査を企画するとともに,片野鴨池周辺でトモエガモに標識を行ない,越冬期間中の移動状況や鴨池周辺の環境収容力などを明らかにするための調査を行なっていく予定である.
←捕獲されたトモエガモ
写真提供:鴨池観察館
加賀市鴨池観察館HP
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