迎春 2003 03.01.01
迎春 2002 02.01.01
迎春 21 01.01.01
バスと電車に乗って公共交通を考える 00.12.01
ふたたび子供とまちづくりを考える 00.11.02
ターミナルを考える 00.8.27
まちづくりとNPOを考える 00.4
歩くことを考える 99.10 00.8更新
|
03.01.01作成
|
この一年は、21世紀の幕開け第2幕、相も変わらず多忙な一年でした。 市町村合併では、市町村の真の自立が求められているものの、単なる人口規模の数合わせやこれまでのしがらみに振り回されている市町村、それをさらに煽る国など、チャガチャガ(福井弁)ですね。規模だけではないはずなのに。地域の経営のビジョンを誰も描けないことが、この悲劇を生んでいるのではないでしょうか。 仕事では、業界のダンピング合戦の泥沼状態が続く最中、プロポーザルやコンペが少しずつ増え、まだまだですがそれなりの成果があがっています。総合技術監理の経験問題も、このタダ?の仕事を利用しました。鯖江型QBS(資質評価)方式では、まさに個人の資質が問われることになり、個人の自立と連携の上に我々コンサルタントの生き残りの道が築かれていくことになるだろうということを痛感いたしました。 恩師玉置伸a先生の遺稿集が1周忌に発行。その表装には娘のデザインを使わせてもらいました。また、この取り纏めに関わったメンバー、記念式典に駆けつけたメンバーに、玉研魂を見ました(ここでCMタイム:遺稿集をまだ入手されていない方は在庫がございますので、私まで是非ご連絡を)。半年延長された福井大学の非常勤講師「大学院:都市論」の講義では、松葉杖で不便なことを口実に、メールで毎週課題を出して、それを利用して講義の材料にしたり、それを積み上げて各自の都市論をまとめさせたり、でも、足も治った7月には現場主義を通して「蔵の辻」の「町屋倶楽部」で集中講義。私も一緒に都市をもう一度原点から見つめ直すことができました。 オリエンテーリングでは、3月の京都東山で行われた全国大会M50Aで念願の規定時間入り達成。帰宅後、友人の病院で骨折が判明、翌日から、松葉杖で仕事にいくはめに。その後机上活動が主力、OCADで足羽山の地図リメイクを開始、視力低下。 バドミントンは約30年ぶりの同窓?会、活動は五十肩に続く骨折で、休止継続中。 市民活動の「ふくい路面電車とまちづくりの会(ROBAの会)」は2年目を迎え、特技?を生かして、電車バスMAPを担当、ただいま作成中(HPを参照)。みんなで分担してバス停調査をしたり、ROBA認定の優良バス停をピックアップしたり、かわいい認定マークもできました。Rは屋根付バス停です。Oは何でしょう。ベンチ(B)を地域の人がバス停に置いたり、案内接近表示システム(A)が必要でない側に設置してあったり、いろいろなことが見えてきました。私のマッパーとしてのこだわりは、きちんとスケールを入れた下図の上に描き、デフォルメしないことです。もちろん、運行情報なども入れて、利用者の使い勝手や見やすさを最優先することが第一です。この年末年始は仕上げにかかりっきりかな。(答え O:広い歩道HODOー) 末尾ではありますが、皆様とのネットワークの深まりを得ることができたことは、何事にも変えがたいことで、深謝いたします。本年もよろしくお願いします。 2003.1.1
|
|
02.01.01作成
|
この一年は、21世紀の幕開けというにはあまりにも多忙な一年でした。
10大ニュースを選ぼうにも順位をつけられず、月順に並べてみました。 こうやってみると、私にはとりわけ暗い話が多かったようですけど、 それをバネに今年は皆様にも、私にも夢多き年にしたいものです。 ・1月:33人の町内会長。その後、子供神輿、2度の葬儀など例年にない忙しさ。
末尾ではありますが皆様とのネットワークの深まりを得ることができたことは、
2002.1.1
|
|
01.01.01作成
|
昨世紀は大変お世話になり、ありがとうございました。 地元福井市では、TMO(まちづくり福井)が主催した「路面電車とまちづくりフォーラム」が3回にわたって開催され、全国各地の活動家の参加、市民の乗車リポート等、好評のうちに終了しました。 また、それを受けて「(仮称)路面電車とまちづくりを考える市民の会」が発足し、継続的な市民活動をおこなうことになりました。民間主導のまちづくりの糸口が、少し見えかけた年でした。 私も発起人の一人として、路面電車やバスを利用し、いろんなところを歩きまわり、みんなと大いに議論することから、まちづくりを考えていきたいと思います。
また昨年は、市町村マスタープランについて、町村を中心にお手伝いさせていただきました。地方の小さな町が次の時代の新たな住まい方を提起し、その空間づくりを実践している様を実感しました。 また、今年は法改正に伴う県の都市計画マスタープランもスタートし、ますます地方の知恵と工夫がその地域の将来を左右し、計画やプランナーの果たす役割が重要になってくると思います。 私も微力ながら、住みよい地域づくりのお手伝いが出来るよう努力したいと思います。 2001.1.1
|
|
00.12.01作成
|
「すまいる」号がこれだけ受け入れられた背景には、福井のまちづくりにおける、知恵と実行力として誇れる、いくつかの重要な点が散見される。 ひとつには、民間サイドからの発案及び実行が、バス会社を除いて、商工会議所、商店街、福井市と順次引き継がれて、現在のTMOにいたっていること。つまり、民間主導のまちづくりが、地元や行政を動かし、官民一体となった「まちづくり福井梶vにバトンタッチされてきたのである。このようなまちづくりの火を消すまいとして必死に繋いできた関係者の努力は高く評価でき、現在さらに増幅しつづけている。 もうひとつは、あたりまえのことだが、沿線の住民に大いに受け入れられたこと。こういう盛り上がりは、えてして実験のときだけのブームで、今度も尻すぼみになってしまうのではという大方の予想を、見事に裏切ってくれた。また、運行のリレーが途切れそうになると、何とか残してくれ!の大合唱。住民の熱い思いが存続の道を切り開く原動力になったのではないだろうか。 北周りの第一ルートに何度か乗ってみたが、確かに高齢者や女性が多い。運転手も女性で、対応もやさしく、運転もゆっくりとしている。これに乗る人たちは、一分一秒をあせっている人はほとんどなく、車内全体が、のんびりした雰囲気だ。雨の日や風の強い日、肌寒い日に、ゆっくりとでいいから目的のところまで運んでくれる、こんな交通手段があっていいはずだ。 東京など高齢者フリーパスを発行しているところでは、一駅か二駅だけでも、ちょっと買い物袋をぶら下げて乗ってきて、あるいは釣りざおをもって入ってきて、すぐに降りていく。歩くための補助手段になっているようだ。高齢者の行動をみんなで援助し、負担し、支援する。こうすれば、副次的効果として、高齢者の足腰も丈夫になり、また、下町の商店街も少しは潤うのではないか、困っているのは中心商店街だけではないはずだ。 このような交通手段を、個人の負担だけに頼って存続を考えなければならないのだろうか。利用したい人たちが、必要なだけ充分に利用できる交通手段として確保してあげて、いずれ自分たちもそれを利用する。そういう豊な地域社会を、つくって行かなければならないのではないだろうか。 公共交通存続のための乗る運動をやってはいるが、皆が無理をして切符を買ったりしても、買うだけで乗らないのでは長続きしない。利用する人たちが、本当に喜んで利用できる環境をつくり、利用者を増やすことが本来の目的のはずだったのでは。残そうとするために、残すことが目的になってしまっているように見えるのは、ちょっとうがった見方だろうか。コミュニティバスについても、乗合バスにしても、バスの運行や運賃、性能、機能だけを考えるのではなく、バス停をふくめて利用したい人の行動を総合的に考えて、利用者の足にしていかなければならないのではないか。たとえば、バス停にベンチが少なすぎる。駅前の市内バス乗り場のベンチは、住民の意見が取り入れられ、それなりに充実したが、街なかのバス停にもベンチが欲しい。バスを待つ間に日向ぼっこ、散歩をしている人もちょっと一休み、風の強い日も時間待ちが苦にならないような、そんなコミュニティバス停が欲しいものだ。 先ほど開かれた路面電車とまちづくりを考えるフォーラムに、電車に乗って出かけた。一回目は岡山市や豊橋市、最終回には金沢市、高岡市から、地元の活動家を招いて、最先端の、住民主導の取り組みが紹介された。数多くの難関を乗り越えて、資金も住民の間で調達し、アイデアいっぱいだ。市民が自らの手で、車に奪われた「みち」を自分たちのために取り戻す。市民主体の組織づくりの中に行政参加をうながしていくという。 二回目には四チームの突撃市民踏査隊による現地レポートの報告が行なわれた。
また、最終回にはこのフォーラムだけで終わらせたくないという人たちにより、「路面電車とまちづくりを考える市民の会(仮称)」が発足され、今後の市民活動の広がりが期待されている。 「ピーチクパーチクNo.3」より
|
|
00.11.02作成
|
去年、総合教育で自分たちのまちづくりを考えた子供たちが、今年は5年生になって、今度は自分たちの公園づくりを考えたいという。私に与えられた時間は、45分。じっくりやったら、大人たちでも3,4時間かかってしまう。 そこで、全体の流れを示してあげて、その一部だけをやることにした。どの部分が最も効果的で、かつ飽きずに楽しくやってくれるのだろうか。 全体の流れは、世田谷などでやっている、公園ワークショップを参考に次のように考えた。 1.誰が使うどんな公園がいいか
2.どういう公園を作ろうか1
3.どういう公園を作ろうか2
4.こんな公園をつくろう
いろいろ考えた結果、この流れの中で、授業前に現地の観察(実際の公園を対象にした方が実感しやすい)し、公園のテーマと名前も考えておいてもらうことにした。
確かに時間がない。
もう10分しか残っていない。
それから2週間後、写真と一緒に発表の案内をもらった。すごい、みんな立派にできている。
|
|
00.08.27作成
|
先日,小牧市へ行った時に,JR岐阜駅から,名鉄に乗り換えようとしたのですが,連続立体交差になった駅構内に,当然乗り入れているものだとばかり思っていた名鉄が入っていません。あいかわらず500mほど先の新岐阜駅まで,炎天下を重い荷物を持って歩かされる羽目になってしまいました。車の方が便利だよと忠告してくれた人のいっている意味が,身に染み(が出来るほど汗し)てわかりました。 同じようなことは,先だって完成した武生駅前の整備についてもいえます。福鉄武生新駅からほんの200mだけ延伸すれば武生駅前広場に顔出しでき,用地もJRの引込み線を利用したり,足りなければ建替えた平和堂の1階部分に組み込むことも出来たはずなのに,実現しませんでした。乗り換えもスムーズになって利用者も福鉄,JRともにお互いに増えるはずだと思うのですが。地元商店街の反対も,元の駅は素の駅で残せば良いはずだと思うのですが,利用者の便を図り,利用者を増やすことを第1優先にしなかったことに問題があるのではないでしょうか。 夜の7時には明かりが消えてしまうような暗い商店街を歩かせて,電車で帰ってこいとはいえないお父さんは,駅まで迎えに行かないといけないので,晩酌も出来ない。乗り継ぎ利用者やそのお父さんのために,最終電車まであかるくにぎわう商店街をお願いします。 これは,これから正念場を迎える福井駅前についてもいえることです。ヒゲ線だなんだといっている福鉄福井駅前線は,福井駅構内に乗り入れて初めてその役割が何倍にもなって生きてくるはずです。福井駅まで乗り入れれば,乗り降りの障害物も,無くすこともできるし,すっきりするはずです。また,京福線との乗換えにも対応できるし,それで始めてターミナル駅といえるようになるのではないでしょうか。福武線の最終の9時50分には,福井駅前商店街はもう真っ暗。横のアーケードの下で待っている人たちも,不安げだ。これが県都のまちづくりとは寂しい限りですよね。
|
|
2000.4. 作成
|
そもそも、まちづくりとは何なのか、NPO法の成立にあたって、もう一度原点に戻って考えてみたいと思います。 まちづくりといっても、今に始まったことではなく、大げさに言えば人類が定住をはじめたときには、すでに始まっていたといってもいい。わたしたちの日常の生活行動が私たちの住むまちをつくり、まちを育て、隣人とのかかわりがコミュニティをつくり、隣の家屋とのかかわりが街並みをつくってきたのです。 行政のおこなう都市建設活動が、都市基盤(インフラストラクチャー)を整備するのに対し、まちづくりとは、わたしたちの行う建設活動と定義することもできる。すなわち、わたしたちは土地を買うか借りるかして手に入れ、自分の住む家や貸家を建て、店舗や事務所、工場を建て、看板を立てたり、塀や生垣をつくり、自分たちの生活の場としての都市空間をつくってきた。むかしは、地場の産材と技術で家を建てたために、建ち並ぶ家には共通する点が多く、歴史的街並み保存地区といわれているところは、それが残そうとした共通の価値意識の高さを称えるという意味であろうが、あるいは現在まで開発の手が伸びずそのまま残ってしまったという意味であろうが、その地区の人たちのまちづくりの証拠であることには間違いはない。 また、行政がおこなっている都市計画制限は、産業や建設技術の発展に伴って、そこに住む人たちの漠然としたむかしながらのルールだけでは、良好な環境の確保や維持が出来なくなったために、やむを得ず法律という手段をとって建設活動を誘導しているのである。公共のルールは、行政の専売特許のように思われているが、決してそうではない。むかしも統制令などはあったようだが、コミュニティが薄れてきたことが、まちづくりへのかかわりを弱くしてきた要因の一つである。 となれば、生涯学習の中にまちづくりへのかかわりを期待するしかないのだろうか。また、それもだめなら子供のころからの基礎教育の中、まちづくり教育や環境教育に期待するしかないのだろうか。でも、生涯学習は、老人大学、○○教室などという学習の域を越えて、ボランティアなどの実践活動に発展してきたことが、今回のNPOのベースになっていると思う。一方で、子供の総合教育への取り組みが盛んだ。学校内にとどまらず、地域に、まちに繰り出して、いろいろな問題を実際に体感していこうという取り組みは、結果的に、まちづくりの担い手養成になるのではないだろうか。大いに今後を期待したいものだ。 また、NPOが認知されると何でもNPOで解決されるという安易な雰囲気が生まれるのはこまる。ボランティアもそうだが、特別のことのように扱われて、日ごろのちょっとした気配りや心がけが、本当は一番大切なのだということを忘れてはならない。 そのためには、もっと自分の住むまちに関心を持ち、かかわりを強め、花を飾り、木を植え、まちにかかわる行動を起こせ! 子育て奮闘中なら子供と一緒に、子育て卒業なら生きがいと地域貢献に、自分の住むまちとかかわれ!!
このようなまちづくり活動が、日常性を超えたところまで広がってきたときに、その活動を認知、保証したのがNPOだと考えると理解しやすいかもしれません。
「ピーチクパーチクNo.2」より
|
|
08.16追加
2000.02.22更新 12.23更新 1999.10.26作成 |
福井市の昭和30年代は、全国の都市計画の先進都市、全国の都市行政担当者の視察が相次ぎました。都市計画道路、公園、下水道の整備率,市街地の土地区画整理の整備率,県庁所在地では全国一の整備率、この市街地整備率のよさが、住みよさ日本一にかがやく原因といえる。そのため,道路や、公共の施設が充実していて、車で便利な、住みよいまちという評価を得ている。これは,大いに誇っていいことなのです。(福井弁:もっとえばってもいいんやざ。) 実感がないとみなさんはよく言われますが、全国の都市のまちづくりコンサルティングをしていると、いろんなところを見ていてわかるのですが(200以上の都市を見ている,こんどMAPにまとめたいとおもっている),これほど問題のない都市はありません。たとえば、渋滞がない。あれは単なる信号待ちに過ぎない。ところが、問題がないのが、問題だとさえ言う人がいますが、他の都市にとっては、贅沢な悩みです。
・便利さを満喫したいなら:車で、
私は、毎日違うルートを通って、自由に歩きまわれる福井のまちが好きです。通勤の途中でも、晴れた日にはちょっと寄り道したくなるし、あいた時間があればちょっと足を伸ばしたくなるし,昼休みに天気がよければ15分ほどでも歩いてみたくなる、そんな福井のまちづくりをしたい。いや,福井はすでにもうそういうまちづくりができているのに,みんなに知らされてないだけではないだろうか。みんなが気付いていないだけなのではないか。
大通りの歩道では、これを満足できません。裏通りでなければなりません(もうちょっといい名前が欲しい)。実際に自分の足で歩くと、まちのにおいを感じ、いろんな音が聞こえてくる。稲を刈ったあとのにおい、草むらの虫の声、道端に咲く花、庭の沈丁花が風に乗ってかすかに鼻をくすぐる。 福井は、このような,まちなかの自然を、季節に合わせて好きなように、自由気ままにブレンドできるのです。自分の好きなルートを、自由にそのときの気分で選べる,これぞまさしく、MY
WAYです。
福井のまちに,まちの楽しみ方に,裏通り?でない歩きたくなる道に,
追伸:
「コミュニティバス」が再開しました。また、2つ目のルートも試行されています。少しでも歩くための手助けになればと思います。この沿線のお勧め歩行ルートを募集します。
「路面電車とまちづくりを考えるフォーラム2000」が開催されました。
自分たちの子供のころには、小川や、原っぱで自由に遊べた代わりに、今の子供にも、地域のまちづくりに自由にかかわれる環境を用意してやれるようになったらいいなというのが、私の夢です。
|