日本人のルーツを考えるー弥生人とはどんな人


第2話 弥生人とはどんな人

 我々の認識では、日本列島には縄文人が居て、村を形成し長い期間採集生活を行っていた。ある時、米栽培の技術を持った弥生人が大陸や朝鮮半島から渡来してきて稲作が始まり、時代が進んで米を貯蔵するようになってから貧富の差が出て、やがて、日本各地に豪族が出現した。天皇を中心とした一番力のある豪族が全国の多数の豪族を従えて大和朝廷を開いた。こういう内容だったような気がします。
 
 それでは、縄文人とはどういう人たちだったのでしょう。
まず、旧石器時代から。2万年前はまだ、日本列島はロシアや朝鮮半島と繋がっていました。日本列島も4島が繋がっていました。まだ、ナウマンゾウが生息していた時代で、それらも獲物の一つとして狩りをしていたのでしょう。人々は船を使わずに大陸と陸続きで行き来でいたはずです。土器はまだ使わずに、採集生活だけした。

 縄文時代は、1万5千年前から2300年前ぐらい前までを言います。縄文とは、彼らが使っていた土器に縄目が付いていたためそう言われています。最近の調査結果では、岡山県の6000年前の遺跡からはイネが出ていますし、鹿児島県の1万2000年前の遺跡からも稲の化石が出ています。これは、朝鮮半島や大陸よりも古いということです。近年は遺伝子分析が進み、人のDNAを調べることで人の流れが分かります。それによると、縄文人は北方からではなく、南方から来ていると言います。それも、古い時代に南方から分かれて、独自の進化をしているということです。高い航海技術を持って、黒潮に乗ってやって来たようです。米の栽培技術も、この時代に南方から直接日本に伝わったようです。

 この縄文時代の人口といえば、8000年前の初期では2万人程度、6000年まえの前期で11万人、4000年前の中期で26万人位だそうです。これを境に人口が減少します。縄文晩期には、8万人まで急激に減少しました。原因としては、4500年ほど前から寒冷化が進み、2500年前には温かい時期のマイナス3度まで下がりました。そのため、食料が不足して栄養不足になったことや、大陸からの人口流入による疫病の蔓延があると言います。縄文時代は1万年以上続きました。その間、大きな争いもなく採集や米作りなどをして平和に暮らしていたようです。

 そして、いよいよ弥生の時代に入ります。この時代になると、人口が急激に増えます。紀元前3,4世紀から徐々に渡来人が増え始めます。3世紀には60万人、大化の改新があった7世紀には500万人にまで膨れ上がります。この時代の自然増では一年に0.2%しか増えないと言いますから、いかに渡来人が多かったかが分かります。毎年、数千人単位で渡来したことになります。

 さて、この弥生人は一体何処からやってきたでしょう。
その前に、一休み。皆さんはアブラハムと7人の子という歌を知っていますか。「アブラハムには7人の子、一人はのっぽで後はチビ」というキャップや子供たちが遊ぶゲーム歌です。さて、今をさかのぼること3000年ほど前、メソポタミア北西部で遊牧民として生活をしていたアブラハム一族が居ました。子供がイサクで、孫がヤコブと言います。アブラハムには正妻の間にイサクがいましたが、正妻が亡くなってから再婚し、6人の息子をもうけました。だから、一人はノッポで年の離れた6人の息子がチビなります。ヤコブには12人の息子がおり、それぞれが一族を構成します。

 しかし、ヤコブの時代にエジプトへ移住するもエジプト人の奴隷にされてしまいます。300年ほど後に一族の子孫である予言者モーゼが現われます。その時に、奇跡を起こして海を半分に分けて、エジプトからこれらの部族を救い出します。紀元前10世紀ごろにダビデ王が現われ、統一国家のイスラエル王国を建国します。

 その後、ソロモン王の時代に強権政治を行い、王国は分裂してしまいます。そして、紀元前722年には北のアッシリアにより滅亡し、10支族は北へ捕虜として連れさられ、その後は行方不明になってしまいます。世界史では失われた10支族として扱われています。南のユダ族らもBC586年に侵略されて王国は完全に滅亡してしまいます。

 北イスラエルが北からのアッシリアの侵略に怯えていたころ、エルサレムの宮殿で仕えていた預言者イザヤは、東の国々、海の島々に救いがあることを悟り、民に伝えていたようです。イザヤ書第24章15節「東の国々で、主をあがめ、海の島々で、イスラエルの神、主の御名をあがめよ」と書かれているそうです。
そして、王国が滅亡するや否や、この北イスラエルの10支族や南の2支族はそれぞれに東へ向かったということです。北イスラエルは、西側に海、南西は天敵のエジプト、東南は砂漠なので、逃げるには陸路を東に逃げるしかないという事情もあった。南のユダ国とレビ族は海路を使って東へ向かったと考えられます。

 旧約聖書外典のエズラ第2書第13章「イスラエルから離散した民が異教徒の群衆から離れ人がかつて住んだことのない地へ行き、故国では守ることが出来なかった律法を守るため、大陸を東方へ横断した」と記載されているそうです。

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