日本人のルーツを考えるー神々が集ったとされる高天ヶ原



「余話1」 神々が集ったとされる高天ヶ原の話

 高天ヶ原は、古事記に書かれている神々の日本列島創生の舞台とされているところです。いままで、神話の世界であり、実在する場所ではないと思われていました。それが、近年、幾つかの理由にて、沖縄がその高天ヶ原でなかったかという説が出て言います。順番に説明をしていきたいと思っています。

 理由1 高天ヶ原が存在したとすれば、日本列島の外であるはず。日本列島は大八島国と呼ばれ、できた順に、淡路島、四国、隠岐の島、九州、壱岐島、対馬、佐渡島、本州の8つの島を大八島国と呼んでいた。この大八島国を作るには、その場所以外、例えば、大陸とか、半島とか、沖縄を含む南西諸島でなくてはならないことになる。

 理由2 古事記の中に「矛から滴る塩が積もる島」とあります。これは、黒潮の流れの最北端に漂う島々と読むことが出来る。事実、沖縄から見れば、沖縄の北を通る黒潮は日本列島で別れて日本海側と太平洋側に流れ、その表現のような状態になる。

 理由3 高天ヶ原は空想の地とは思えないような現実的な記述がある。
「天熊人によってもたらされた粟、稗、麦、大豆などの畑が耕され、稲種も田に植えられた。養蚕も始まった。天照大神は自分の田を所有して農業を営んでいた。さらに、神衣も織ることもしていた。」とある。これらは、古代沖縄で実現できていたことであり、事実、縄文や弥生の遺跡が出ている。

 理由4 沖縄が稲作伝来の中継地点であること。近年の研究で、日本の稲作は中国南部から南西諸島を経由して日本各地に普及したことが判明している。古事記では「高天原で稲が育てられ天つ神らが苗しょうである天皇に与えた後、天皇が地上を支配した」と。琉球国由来記によると、沖縄では古代、アマミキヨにより海のかなたの理想国より稲が持ち込まれ、受水走水の水田に植えられたと伝わっている。その水田のあった地は、今日まで霊域として毎年、親田御願と呼ばれる田植え行事が行われている。

 理由5 「タカアマハラ」と「タガーマハラン」の読み方が類似していること。アブラハムが1500キロ先のカナンの地に向かう時、自然に恵まれたタガーマハランの地でお10数年滞在し、十分な休息を得てカナンに向かった。日本列島へ入る前。高天ヶ原はタガーマハランと同じ役割を果たした。沖縄の那覇(ナハ)はヘブライ語で休息を表す。

 理由6 沖縄は天が高いこと。沖縄は緯度26度。夏至では太陽はほぼ真上になる。まさしく、沖縄は天が高いところであり、この漢字が当てはめられた可能性がある。おき

 理由7 沖縄は日本で最も宗教的文化背景がある。祭祀を取り仕切る女性ノロが存在する。イスラエルの神である「ヤーウエー」に対する信仰の跡がある。八重山、八重島、八重垣、八重岩など八重(ヤエ)を使った地名があちこちにみられる。さらには、年中行事の中にイスラエルのカレンダーに合わせたものが多いと聞いています。

 理由8 南西諸島では古代より今まで女性の宗教リーダーが活躍している。御獄の管理者であり宗教的リーダーとしてのノロ、民間霊媒師のユタ、などはすべて女性。日本列島へは黒潮にのるため一方通行の旅になる。男性は旅に出て、そのまま戻ってこなかったため、結果的に残った女性が主になった。

 理由9 天照大神が隠れたとされるクマヤ洞窟が存在する。クマヤ洞窟は沖縄本島の北部に浮かぶ伊平屋島にある。「クマヤ」とは神の外壁という意味がある。海抜25〜30m、幅189m、奥行き63m、中央奥に神殿があり、人工の石積み跡も残る。

 理由10 レイラインの存在。伊江島の城山と伊平屋島のヤヘー岩と出雲の八雲山が一直線になるというが、自分には良く分かりません。
 これらを考察すると、高天ヶ原の推定地が南西諸島の沖縄であることを否定する方が難しいのかも知れません。 

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