第26回ちょっといって講座
グローバリズムの本質と日本の進路
本山美彦 福井県立大学大学院経済・経営研究科教授(京都大学名誉教授)
2006年7月13日
国際交流会館第一会議室
竹内正毅福井県地方自治研究センター理事長挨拶
ここ数日、北朝鮮のミサイルで村上ファンドの話も、福井日銀総裁の話もどこかへ飛んでいってしまい、日本政府は強気で、これに反対する中国が拒否権を発動したら世界的に孤立するとか、ロシアはサミットがあるからできないとかいっていますが、12日ごろから中国やロシアが新しい決議を出してきたら、仏や英もそちらに行って、アメリカもそちらに行きそうで、日本だけが梯子を外されそうな雰囲気です。小泉さんもイラク自衛隊派遣や米軍再編で3兆円お金を出す、あるいは牛肉の輸入の問題など、米国に追随してそれが国益だといっていますが、米の国益と日本の国益が一致すればいいのでしょうが、どうも最後になると日本だけが梯子を外されそうになっています。
かつて、私が労働金庫のトップとなったときに、証券会社と取引しているのなら絶対にやめてくれといわれました。労金として資金を運用するときにいろんな情報が入ってきます。田舎の労働金庫の理事長でもしっかりやっていることが、日銀の福井総裁はそのようなことをやっていたわけです。個人で金儲けをして何が悪いといわれますが、金融機関でもアメリカの制度を受け入れてなかなかついていけない。大きな言葉でグローバルといわれると、福井の田舎では「そうかな」、「井の中の蛙かな」と思ってしまうわけですが、このような状況をみていると、いったいどれが正しいのかを考えさせられる時代です。
本山美彦教授 講演
この4月より福井県立大学に来ています。福井の感動をブログで出しています。「消された伝統の復権」(http://blog.goo.ne.jp/motoyama_2006/)という名称のブログで、「福井日記」「ギリシャ哲学」などを書いています。哲学、宗教、水の話、歴史こぼれ話など、余所から来た者が、どのように福井を見ているのかという気持ちで覗いて見て下さい。
1.「金儲けは悪いことですか?」
経済学は世間の人たちから人気がない。数学を使って直線や曲線の形がどうのこうのとやるから、人々は、経済学を敬遠してしまって、是非とも必要な世の中に対する怒りを持たなくなっているのです。これは経済学の責任です。自己反省しております。
今年の流行語になると思われる、「金儲けは悪いことですか?」という村上さんの言葉への反応として、私は「悪いことです」と答えたい。たかだか、40数歳で、通産省を途中で辞めて、世の中の憂いも何も知らない若造丸出しの、あののっぺりした顔で、しかも、男にしては甲高い声で「金儲けは悪いことですか?」と言われれば、「悪いことですよ」と一喝してやりたい。1、2年で4000億円をも運用を任されるというのは、普通の職業に携わっている人にとっては信じられないことです。ホリエモンなども、たった数年で、NTTの時価総額を抜きました。これは、「悪いことです」。企業が営利活動をするのは、ひとえに、従業員のため、社会のため、お客さんのためであって、六本木ヒルズのような品のない化け物屋敷で馬鹿騒ぎするためではない。経営とは、どれだけの従業員を食わせ、幸せにするかという価値基準を無くしてしまっては絶対に駄目です。NTTの時価総額をたった数年で抜いた、だから「英雄だ」と言われる。馬鹿なことを言うな。NTTは関連会社を含め何十万の従業員を抱えています。それに対して、NTTを抜いたと豪語するホリエモンの従業員は何人いるのか?もうけたお金はどこに流れたのか?多くの失業者を新たに輩出するために、企業を買収し、そこから人々の首を切る。そのためにのみ、莫大な儲けが投入されてきた。社会のため、人々のために使わない金は悪いものです。
腹立たしいことに、村上さんが自分でM&A関係の法律を作りました。それを自分で適用した。そのさい、暴れ回るときに都合の悪いことは法律に書かなかったのです。つまり、こういうことです。村上さんは阪神電鉄を乗っ取ろうとした。乗っ取られる阪神電鉄は、自社の財務内容は全て明らかにしなければならない、村上ファンドの餌食なる側は完全にストリップしなければならない。一方、乗っ取る側の村上ファンドはなにも明らかにしなくてもよい。誰が出資したのか、どういう儲け方をしたのか、どういう手口かも、乗っ取り屋の村上ファンドはなにも明らかにしなくてよい。
阪神電鉄の株主が誰かはすぐに分かる。乗っ取り屋の村上ファンドの出資者は、いまだに分からないままである。しかも、村上ファンドを立ち上げたのは規制緩和委員会の座長です。こんな一方的な法律を村上さんが通産省在職中に作り、その法律を基本に自分が金儲けをしているのですよ。こんなことが許されていいとお思いですか?
2.経済学は社会全体・共同体が幸せになる方法
儲かる分野に経営の的を絞り、経済全体もそのようになるべきだとの、風潮を、本来はそれを諫めるべき経済学者たちが率先して醸し出している。情けない状況です。「儲かる分野が社会にとっていい」、「儲からない分野から企業も社会も撤退すべきだ」「儲からない分野に拘っている経営者は無能だ」と言ってはばからない最近の経済学には吐き気を催します。
結論から言いますと、同じ土俵上で、公正な競争の結果として勝敗が決まるのではありません。初めから勝負する土俵が違うのです。儲かる分野はシロウトの分野、儲からない分野はプロ相手の分野と簡単に考えてよいでしょう。その差は、最初から歴然としています。しかし、儲からない分野ほど社会にとって必要な分野なのです。儲かる分野ほど社会にとっていらない分野なのです。鉄がなければ社会は維持できません。しかし、鉄はもっとも儲からない分野なのです。お化けのように塗りたくる化粧品などいりません。しかし、これがまた儲かるのですね。そういえば、カリスマ美容整形医なるものが脱税問題で世間を騒がしましたよね。あの儲かり方はなんでしょうか?
経済学が生まれたのは2350年前のアリストテレスの時代です。アリストテレスは経済学を「オイコノミカ」と称しました。悲しいかな、その考え方が日本に明治時代に伝来したときに「家政学」と訳されてしまいました。「オイコノミカ」とは社会全体(共同体)が幸せになる方法のことです。
アリストテレス曰く。タレス先生という大哲学者がいて、「今年は夏が暑く、オリーブがよく採れそうだ、だからオリーブ油を作る機械が飛ぶように売れるであろう。しかし、まだ機械は作られていない。しめた」ということで、タレスはオリーブ油を作る機械の親方に、「機械ができたら全部私に売ってくれ」という約束をした。タレスの予想通り、その夏は暑い夏でオリーブ油の需要が激増した。機械は作られたが、機械はタレスが一手に引き受ける権利を持っていた。オリーブ油を作る機械が欲しい者はタレス先生に頭を下げざるを得ない。タレス先生が一銭のお金も使わずに口約束だけで得たにすぎない機械の権利を、オリーブ油生産者たちは、金銭で買い取らなければならなかった。タレスは、舌先三寸で大儲けした。これにアリストテレスは激高したのです。「タレス先生は儲かったが、オリーブ油はタレス先生に支払った報酬分だけ値上がりしただろう。例年よりも高く買わされたアテネの市民は大損をした。一人の大利益が圧倒的多数の損失者の上に実現する。そのような金の儲け方をしないために、共同体全員がどういうことをすれば幸せになれるか考える学問が必要である。」アリストテレスは、そうした学問を「オイコノミカ」、つまり、「経済学」だと名付けたのです。そういう流れからすれば、現在の政府べったり、あるいは米国べったりの経済学者は堕落の極みです。権力に近いほど賢い研究者であるとマスコミも庶民も素朴に受け取ってしまう。彼らはきまって、権力のおこぼれをもらおうとする。道路公団をいじめたという報酬で、東大教授のポストを投げ与えられた人もいる。ポストを付与する権力も権力だが、唯々諾々と権力の威光に従う大学も大学だ。ことほどさように、我々のアカデミズムは堕落の極みに達しています。
3.シロウト相手の商売が一番儲かる
私たちのような素人を相手とする商売が一番儲かる。私たちには本当に商品知識がないのです。ふわふわとマスコミに踊らされているだけなのです。鉛筆は原価2〜3円くらいですから、誰でも作られます。したがって、何千もの数のメーカーがあってもいい。しかし、残念ながら三菱のみになっています。トンボ鉛筆とかも昔はありました。いまはない。どの洗剤を買っても全部花王です。歯ブラシもそうです。日本のビールには米が入っていますが、かつて、何も物資のない時代にキリンが米を入れ、コーンスターチを入れて、醸造用アルコールを入れて、ビールでも何でもないものを売り出した名残りから日本はまだ脱却できていません。私たちはこの味に慣らされ、麦芽とホップで作られた北欧系にこだわるビールを金気臭いと敬して遠ざける。アサヒのドライもキリンと同じ味で勝負しただけです。偽物の日本のビールは、香りなど楽しめない。喉越しの冷たい感覚だけで一気に胃袋に押し込む。だから冷やすのです。温い本場のビールなど飲めないのです。偽物しか日本では売れないのです。マヨネーズも、寡占状態です。先発のキューピーに対抗して味の素もマヨネーズを売り出したが売れなかった。そこで、味の素は先発のキューピーに限りなく味を似せて作らざるを得なかった。違いは、キューピーに比べて味の素のチューブの穴が大きいというだけです。
コカコーラにいたっては、違法な麻薬、コカを使っているのに、企業秘密として成分を明かさなかった。最近では、国際的な批判の前にコカは使用されていません。
本の売り上げも、「平積み」といわれる場所に置いてもらえるかどうかで売れ行きが決定されてしまいます。それは、資本力の差です。大資本は、限られた売り場面積を独占することができるから自分の商品が売れるのです。「マーケットで価格が決まる」などということを、専門の学者は学生の前で、どのような気持ちで教えているのでしょうか。「教科書にはこう書いてあるが、信用してはいけない。JRの料金は君たちが決めているのか?」と説明している経済学の先生がどの程度存在しているのでしょうか。学生は、絵空事を教室で教えられている。
つまり、消費者は、賢くない。賢くない消費者相手の商売ほどおいしい商売はないということをここでは言っているのです。素人相手の商売がもっとも儲かるのです。
4.お金を扱う産業が一番儲かる
買う人間が何も知らなくて、力で決められるのがシロウト相手の商売です。お金の世界がその代表です。今日の外国為替市場は、1ドル114円です。今日は50銭下がりましたと普通にTVでは言っていますが、0.5%の値動きでも1日に50回繰り返せば、25%、1年で1500%にもなります。普通のメーカーの利益率は年8%がいいところです。それが、外国為替では何百倍にもなるのです。
福井日銀総裁が村上ファンドで1年で500万円儲けましたと告白したが、これにもっと国民は怒るべきです。我々は1年間預けて、0.0何%の金利しかつきません。村上ファンドでは、1年に50%の利率です。「私たちを仲間に入れて下さい」と村上さんに頼み込んでも、「お引き取り下さい」と突き放されるだけです。お金持ちの、金儲けのゲームに参加するにはとんでもない高い社会的地位がなければならない。福井さんの出資は1000万円でしたが、普通は何十億円単位です。
プライベートファンドとは「公」にしなくてもいいという意味です。大衆はオフリミット(来るな!)なのです。大金持ちが秘密に動かすことのできるお金、それがプライベートファンドです。金持ちだからいちいち財務内容を明らかにしなくてもいいのです。もし、ファンドが倒産しても、そもそもファンドとはそのようなことを覚悟して参加している出資者を保護すべく、当局は、プライベートファンドの税務内容を公表しなくてよい。そうした理屈で、村上ファンドの財務内容は明らかにしなくてもよいのです。ところが、プライベートではなく、パブリックバンク、つまり、「公の銀行」は庶民の預金からなる。企業も庶民の小口の株投資で金を集めている。そうした零細な個人の投資家を守るためには、パブリックな企業や銀行は当局がきちんと監督しなければならない。だから、税務内容は徹底的にオープンにされなければならないのだと。皆さん、変だと思いませんか、この理屈は?乗っ取られる被害者はすべての情報を開示しなければならない、乗っ取る側はなにも開示しなくてよいという、まったく異様な法律になるのです。これを村上さんが作り、自分自身に適用しているのです。
金融の自由化は、こうしたへんてこな法律の下で強引に行われました。金融自由化で21行あった都市銀行がわずか3行になりました。金融の自由化で5.5%あった金利が0.01%になりました。金融の自由化で日本人はみんな幸せになったとお思いですか?金融の自由化で幸せになったのは村上さんなどのプラーベートファンドです。プライベートなところにお金が集まる。外国系銀行を通して、プロ集団に集まる。プロ集団が儲かっていく。銀行に預けた庶民はまったく儲からない。庶民がプロの金融集団の餌食になっている。このように、お金を扱うのが一番儲かる産業なのです。
アリストテレスはこれをトポスと名付けました。お金を使って、お金を儲けてはいけない。つまり利子を取ってはいけない。アリストテレスが唾棄したトポスの最たるものがM&Aです。村上ファンドは、阪神電鉄を買収しようとした、阪神が嫌だと言ったので、経営にタッチするぞ恐喝した。阪神は、最終的に株を阪急電鉄に助けを求めた。阪急電鉄は不動産投資の失敗でぼろぼろになった会社で、宝塚ファミリーランドも閉鎖した。このぼろぼろの会社が阪神電鉄を乗っ取れるとはとてもじゃないが信じられない。阪急が阪神を買わざるをえない情況があったはずである。裏で融資したもっと悪い奴がかならずいます。マスコミはなぜ、追求しないのか。本当はなにがあったのか。ホリエモンも、村上さんも罪に問われた。しかし、釈放されて、儲けだけはちゃっかり握っているのです。儲けが吐き出されると本当に後ろで控えている、もっと大物が迷惑するからです。
5.お金を売買して儲ける人が「英雄」か?
会社を商品のごとく転売するとは何事か!阪神電鉄が乗っ取られたとして、従業員を全部首にする。債権はどんどん回収する。安全投資などくそ食らえ。阪神電鉄の財務内容はとんでもなく良くなります。そうすると株価が上がる。人間を首にすると株価が上がる。リストラしない会社は株価が上がらない。株主重視とは、社長の名前も知らない、本社がどこにあるのかも知らない、何を作っているかも知らない株主が、自分たちが株を転売するときに株価が上がることだけを権利として主張することです。株価の上がらない会社の経営者は無能であると決めつけられる。従業員を大事にし、取引先を大事にする会社の経営者は、そのことが株価に直結しないために、無能として株主から糾弾される。会社を転売すればするほど儲かる。そのうちに新日鐵も狙われます。
昔の、総資本と総労働という対決をしていたときの経営者も労働者側もすばらしかった。私か就職した甲南大学の創設者は、平生釟三郎という川崎造船の経営者でした。川崎造船の労働争議を指導したのが賀川豊彦でした。世界を代表する組合と経営者が全面対決し、へとへとになるまで闘って、両者が意気投合して、社会のためになるとして作ったのが、甲南病院と甲南大学と灘神戸生協です。灘神戸生協はご存じの通り日本で最大の組合員を抱えている生活協同組合です。そうした先人の大きさと比べるとき、ホリエモンは何を作ったのか?村上さんは何を作ったのか?お金を売買して儲ける人が「英雄」になってしまっている。そういったことは、かつてはあってはならなかった。
6.憲法第9条と独禁法第9条の改正
M&A関係の法律を整備するのに、もっとも重要であった第1点は、独占禁止法第9条の撤廃でした。日本には、2つの第9条があった。その1つが憲法9条です。憲法第9条があるかぎり、自衛隊は軍隊ではない。先制攻撃ができないからです。テポドンが飛んできても軍隊は勝たなければならない。あのテポドンの映像は「インターナショナル・セキュリティ」という民間会社の映像です。『民営化される戦争』という本でそのことを指摘しています。軍隊は勝たなければならない。負けて帰れば、上官に殺される。上官の方が敵よりも怖いのです。それが軍隊です。そのような軍隊と比べれば、自衛隊はまだ安心できます。他国を攻めないからです。攻めてはいけないからです。それは第9条という縛りが存在しているからです。
その憲法9条に匹敵するものが独禁法第9条だったのです。それは、経営にタッチしないで企業を直接に支配することは禁止するというものでした。旧財閥本家をもう一度復活させないようにするのがその法律の趣旨でした。
経営を伴わない支配はだめだという純粋持株会社の禁止が第9条です。それを1999年に改正したのです。第9条の改正はアメリカに言われてしたのです。会社を乗っ取り、転売するということは、経営をせずに支配をするということです。そのためには、日本の独禁法第9条は邪魔なのです。これがなくなると、M&A関係の法整備は、後は、実務面が残っているだけで、荒野を行くようなものです。
7.株式交換による乗っ取りが許可された
2点目が株式交換です。株と株を交換することによって乗っ取ることができる。新日鐵や三菱重工のように巨大な会社を現金で乗っ取ろうと思うと大変です。
相手方資産を担保に資金を借りることが出来るというLBOという制度もあります。例えば、トヨタをホンダが買収しようとすると、トヨタの資産を担保に銀行からお金を借りることができる。それでも、日本には金を貸す側に金を貸したという負い目があるので、LBOはあまり利用されませんでした。ソフトバンクの孫正義氏がボーダフォン乗っ取りにこのLBOを使っています。成功したのかどうかはいまのところは分かりません。しかし、日本では数少ないLBOです。
LBOが機能しないので、次の武器としてアメリカが要求してきたのが株式交換です。2001年から認可されたのが株式交換です。ここから全ての害悪が始まったと言ってもよい。ホリエモンとか三木谷浩(楽天)とか村上らというヒルズ族たちがここから出てきた。派手派手しいパフォーマンスを演じることによって、自社株価をつり上げる。
ホリエモンには「近鉄」買収の意志はなかった。しかし、マスコミが騒ぐので、株はどんどん上がった。上がった株でフジTVに恫喝をかけたのです。ところが権力に近い経済学者は、「株主資本主義」の旗手、「もの言う株主」の代表、「コーポレートガバナンス」の主唱者として、ホリエモンを支持した。彼が、ぬくぬくと安眠をむさぼっていた旧来型経営者に一撃を加え、企業の在り方を変え、社外取締役を増やすことに貢献したと賞賛したのです。自民党は組織を動員してホリエモンを押し立てて選挙を戦った。
しかし、変だと思いませんか?例えば、会社の批判をする私が社外取締役になれますか?社外取締役とは主流派の仲間を増やすだけのことなのです。どの組織にも、内部には、主流派と反主流派との軋轢があります。社外取締役という主流に都合のいい輩を組織内に入れることができると、反主流を圧殺できる。これがコーポレートガバナンスの中身です。ちなみに、某会社の社外取締役は1か月2時間の会議で800万円の報酬です。そのような社外取締役がその会社にNOと言えるとお思いですか?外部の人間は、会社の内部の詳しいことは何も知りません。どうしても、内部批判を押さえます。しかし、社外取締役制度を導入して、監督制度と執行制度とを分離すると、あらゆる意志決定を執行部は容易にできるようになる。社外取締役のお陰で反主流派を少数派に押し込めることができる。そして、どんな場合でも、主流派の提案には、イエスと言ってくれる監督制度を持っているのだから、執行部は思い切ったことができる。例えば、瞬時に増資決定ができる。M&Aの攻防戦を演じているとき、いちいち株主総会の議決を得るというような従来の企業統治では、時間的にタイミングが合わない。どうしても、執行役員が好きなときに、増資が決定される必要がある。これが、コーポレートガバナンスの実体です。企業はますます民主的体制から離れているのです。
8.株式分割でM&Aが簡単に
第3段が株式分割です。100円の株式を10分割すると10円になるはずですが、それが20円・30円となり、結果的に増えて行く。しかも、株式分割すると、少なくとも1か月間は、新しい株券が出されない。ところが、まだ出来ていない株式を売買の対象とする。それを東京地裁が“合法”といってゴーサインを出す。今やっているのは東京地裁と東京地検の喧嘩になっている。本当は、司直の手を借りずに、業界内部で自主規制させなければならないのです。その点、東証は失格です。
いずれにせよ、M&Aは一番儲かり、全世界のM&A資金は、英国のGDPを上回っている。
9.専門家向けの産業は儲からない
新日鐵は今、買収の対象に挙がっています。外国勢からの買収劇で(まだ予想ですが)助けてやろうかと言っているのがトヨタです。新日鐵の株が安いのです。世界最大の技術を持っていて、薄く強い強度の質の高い薄板を造れる。ホワイトナイトを気取って、新日鐵を買収するのではないかと噂されているのが、トヨタです。トヨタは世界中に目配りしていて、薄板を上海で買ったらいいか、オランダから買った方がいいかというデータを持っている。鉄の値段は大根以下です。儲かりません。少なくとも、専門家向けの産業は儲からない。メーカーは、多数の従業員を抱え、広大な工場を持っていなければならない。電気代はいる。仕事はなくても従業員の首を切ることはできない。取引業者にも無理して発注し、同じ釜の飯を食うという意識で、系列関係の会社とともに、苦しいところを乗り切ろうとしている。ところが新日鐵の最大の顧客が世界で最も力の強い購買者トヨタなのです。トヨタは、新日鐵に大儲けをさせません。
ところが、トヨタには神話ができています。消費者は何も知らないから、華やかに宣伝されていくとレクサスを言い値で買う。そして、株価が鰻登りに上がって行く。
横道に逸れて、日本の電力会社のことにも触れましょう。日本の電力会社のサービスはすごく水準の高いものです。パソコンをどこのジャックにも差し込めます。過電圧がかかってクラッシュすることはありません。このようなことが出来るのは日本だけです。安全な電気を供給できるためには、メンテナンスが大変です。派手派手しさよりも、安全性が大事なのです。しかし、地味なだけに、日本の電力会社の株価は驚くほど安い。
こうした結末になることは、昔の経営者なら知っていました。ヨーイドンで競争させれば、金融だけが儲かって、手間暇のかかる物作り産業は窒息するだろうと。だから、金融の自由化は駄目なのだと。今、アメリカで物を作っているメーカーをいくつご存知でしょうか?TV、クーラー、洗濯機、パソコンの液晶、CDなどを作っているアメリカのメーカーはあるのでしょうか?ほとんど、何も作っていない。アメリカにあるのは英語と石油とウォールマートと金融だけです。日本の金融が競争力がないのは当然です。あのような機関銃のようなテンポの英語に太刀打ちできるはずがありません。しかも、世界的な人脈は、アングロサクソンのものです。花形のディーラーの分野では、アングロサクソンが全面支配することになります。
10.一年定期の預金を長期資金として貸し付けてきた日本の金融システム
お金を扱うことが儲かりそうだということで、日本は戦後、金融には、歯止めを設定していた。戦後政府の審議会に入った連中は大内兵衛、大内力、有沢広巳などマルクス主義者ばっかりでした。当時、東大・京大はマルクス主義者が多く、近代経済学は阪大と東北大に微かにいたくらいでした。当時の審議会メンバーは、少なくとも米国のイエスマンではありませんでした。政府は政策決定においても彼らの意見を重視しました。今のように、税金逃れのために住民票をアメリカに移すような人はいなかった。全ての産業を作ろう、傾斜生産方式で石炭・鉄鋼を作ろうとして、基礎的なところから積み上げて行こうというのが、戦後の国策だったのです。経営陣は労働組合との血反吐を吐く闘争をしていたが無慈悲に労働者の首を切らなかった。儲からない産業から育成する。儲からない産業に融資してもらうことによって、銀行自体も儲からない。その意味で、銀行には泣いてもらう。石炭などの産業に融資しているかぎり、銀行は絶対に儲からない。そこへ長期の資金を流さねばならない。儲からないことを前提にした長期信用機関を作らなければならなかったのです。それが日本興業銀行や長期信用銀行でした。「ワリチョー」などの無記名の債券という“脱税手段”も用意されていました。その結果、大金持ちの金が長期資金として流れたのです。八幡、富士、日本鋼管、石川島、播磨といったところへ流れて行ったのです。こうして、日本の産業は比較的バランスの取れた成長をしてきました。
ところが、「日本の銀行は政府に守られた護送船団方式だ」、「政府の支持なしに、民間レベルだけで戦え」とアメリカから非難されたのです。そして、金融はすべて同じになった。長銀も外資銀行も区別なく競争させられることになってしまいました。利益率が競争の勝敗を判定する指標になったのです。これまでの預金額、融資額は、金融機関の良否を判断する指標ではなくなってしまった。その結果、真っ先に悲鳴を上げたのは、儲からない産業に特化していた長銀、興銀でした。
それまでは、中小企業に対しては「無尽」を引き継いだ相互銀行が第二地銀と名称を変えても、責任を担っていた。信用金庫、信用組合は、町の「町工場のおっちゃん」たちを相手にしていた。農業には農協・農林中央金庫があった。住宅には住宅金融公庫があった。あらゆるところで、その条件にあった金融機関をワンセット揃えていたのが我が日本の、世界に誇る金融システムでした。
「護送船団方式は誰もリスクをとらない」とアメリカから批判されたことに関してはその通りと言わねばならない。事実、大蔵省・日銀の監査を信用して、金融機関は、のんびり生きていた。しかし、それでうまく行っていたのです。私たちはお金を預けっ放しにしていた。銀行は人の金を自分の金のように扱うことが出来た。1年定期を10年、20年の長期投資に回していました。
日本の企業にとっては財務内容も関係なかった。企業が一流か二流かかの判断は、銀行が企業に設定するクレジットラインでした。銀行から可愛がられることが一流の経営者として認められる秘訣でした。私たちの預金は、非常に安定した資金であった。「モルガンスタンレーでさえ、第一勧銀の預金額よりもはるかに資金が少ない」と言っていたのが、日本の金融機関に勤めていた人たちの感覚でした。
ところが、びっくりする議論がアメリカから出されてきた。BIS規制――総貸出額の8%以上の自己資本を持つこと、逆に言えば、自己資産の12倍までしか貸し付けてはいけないというルールが設定されてしまった。実際、我が日本の銀行には自己資本がなかった。預金者の金を回していただけのことでした。アメリカが言い出す前は、どこの銀行も潰れていなかった。預金が安定していたからであった。隣の銀行が潰れるとは誰も思わなかったのです。
ところが、BIS規制で、日本の銀行を強くさせていた条件が取っ払われた。スキーのジャンプ競技でどんどん条件を変えられることになって、日本勢が総崩れしたオリンピックとまったく同じことです。自己資本であろうがなかろうが、安定した資金があればそれでいいと言い切ったらいいのに、日本の金融界は、アメリカの命令の忠実な実行者である竹中平蔵さんの前に口をつぐんだ。そして、倒産が相次いだ。庶民は銀行が倒産するものだから、郵便局に逃げた。今度は郵便局にお金が集まりすぎて、日本の健全な金融構造を阻害するから何が何でも郵便局を潰す。それが、日本の構造改革だという政治力学が日本を支配するようになった。結局、私たちは、逃げ道を塞がれてしまった。私たちのなけなしの資金は、外資銀行を通じて、サラ金と村上ファンドへ回って行くしかなくなってしまった。そして、ゼロ金利政策が、サラ金と村上ファンドを繁栄させることとなったのです。
11.せっせと貯めた日本のお金がアメリカに
アメリカ人は貯金をしてくれない。OECD28カ国の総貯蓄のうち、1/2が日本の貯蓄です。金利が0.0何パーセントだというのに、せっせと貯金して、1400兆円〜1500兆円もの個人の金融資産が日本にはあります。日本人はいざというときのために預金しているのです。先進国の中で、日本は社会福祉費面で、一番悪い。教育投資も低いのです。個人の教育投資が一番高いのです。だから子供を産めないのです。預金は将来の教育資金です。アメリカはクレジット地獄です。普通だったら真っ先に破産する国です。年間7000億ドルも貿易関連の赤字です。さらにブッシュがあちこち戦争するのでものすごい財政赤字です。にもかかわらず、アメリカは破産しません。お金を世界中から集めることができるからです。アメリカは世界の投資家を当てにする。世界の連中がアメリカに投資してくれないといけない。NY株式が上がれば世界の連中はアメリカに投資する。
12.軍事が世界を支配
現在の世界の支配とは基本的には軍事です。軍事が金融の次に儲かるのです。アメリカの軍事費は、想像を絶する巨額です。この軍事を扱うカーライルという投資会社があります。投資会社は大金持ちからお金を集め、業務内容をオープンにする必要はありません。それが生かされるのが、軍事関連投資です。カーライルのアジア担当は親父ブッシュです。そのカーライルの儲けの半分は軍事産業への投資です。軍事産業への投資のために、2001年9月11日にビン・ラディン一族が集められました。オサマ・ビン・ラディンの一族は大金持ちです。アフガニスタンの要塞はオサマ・ビン・ラディンの親父が作ったものです。交渉係のユノカル社員の1人が、アフガニスタンの初代大統領カルザイであり、もう1人が駐アフガニスタン・アメリカ大使になっています。出来すぎです。
9.11にカーライルの投資相談にビン・ラディン一族が集められ、MDやイージス艦投資などをしてくれないかという話をしていたのだと思います。そこにテロが起こった。同時テロの指令者とされたオサマの関連一族ですから、拘束されるはずですが、真っ先に軍用機でメッカに送り返された。喋られては困るからです。軍事産業への投資をカーライルが募り、日本もまた、アメリカの世界的な軍事産業の網に入れられているのではないか。
座間キャンプの陸軍第一師団という、戦後の日本を占領していた師団がワシントンから座間にやってくる。これは諜報組織の強化です。これからの軍事は、ミサイルを中心とした諜報戦です。カーナビゲーターはスイッチを切ることが出来ません。我々が見ることが出来るということは、その気になれば当局が見ることが出来るということです。携帯にもいろんな機能をつけることができます。ICタグで物資がどこで使われているかも分かります。全てがロジステックなのです。自衛隊の大綱でも日本独自の情報解析を経てアメリカに貢献できるように日本情報システムを改善すると書いてありますが、こちらの方が怖いわけです。
13.自立的な国民に
アメリカと日本は価値観を共有しているから、一緒になるべきであると言われます。しかし、アメリカと日本は価値観を共有してはいない。アメリカは「戦争している国」です。我が国は「戦争しない国」です。「戦争をしている国」と「戦争しない国」は価値観を共有しない。日本はアジアで平和に暮らしますから邪魔しないで下さいと言える国にしたい。北朝鮮の問題を奇貨として、どこかに落としどころがあるはずです。北朝鮮は苦しいはずだが、対立だけを煽る構図は怖いです。追いつめてはだめです。窮鼠猫を噛むことになります。アメリカの威を借りてアジアに日本が向き合うことは、よろしくない。自立的な国民になるべく、平和を考えていかないと自滅あるのみです。
<質問>
なぜ、外資が倒産した会社を安く買って日本の会社に売れるのか
本山
日本人はアメリカ人ほどドライに割り切れない。首を切れない。転売のとき切り刻むという荒療治は外国の資本を入れる。更にして、日本は売る相手を見つけられない。日本の奥田を動かすよりブッシュを動かす方が早い。アメリカのファンドはこの人脈を持っているのです。
郵便局の民営化により金の流れはどうなるのか
本山
郵便ではなく本丸は簡易保険のシステムとお金が欲しいのです。5年前に簡易保険が新しい分野に進出することを禁じられました。郵政をどうするかというときにアメリカの生命保険のトップが委員会に入っています。世界最大の保険業界が300兆円のマーケットの分捕り合いです。だから新規分野に進出させてもらえなかった。国民の金融機関を潰すことを構造改革といえるのでしょうか。お金の流れですが、規制緩和というのは新しい分野での権益なのです。駐車違反の切符を切るというのは規制緩和ですが、みんなに落札させたのではありません。どこで決められたのかよくわかりません。規制緩和の旗を振るものが経営を牛耳るのです。刑務所が民営化されたとき、刑務所民営化を唱えていた人たちがその経営を牛耳るでしょう。小泉政権は取り巻き行政です。身内だけを参加させ、それ以外はオフリミットなのです。
9月以降の政権がどうなるのか。
本山
権力は揺れ戻しを視野に入れた賢い人の集まりです。小泉氏も1つの駒です。小泉氏は次の人を選ぶ力はないと思います。どっちへころんでも国民の大多数が支持する。そういう方向を権力が作っていく。そのような手法を反権力側はマスターしなければなりません。日本の自民党は一流の政党です。右から左まで駒を持っている。宇都宮徳馬まで自民党が抱えていたわけですから。
用語解説(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
LBO…買収先の資産及びキャッシュフローを担保に負債を調達し、買収後に買収した企業の資産、キャッシュフロー等で返済をしていくM&A手法である。少ない資本資金で、大きな資本の企業を買収できる。1970年代にアメリカで発祥したと言われる。日本で規模の大きいものでは、総額2000億円以上の、リップルウッドによる日本テレコムの買収、カーライルによるDDIポケット(現ウィルコム)の買収などがあげられる。
コーポレートガバナンス…企業統治(きぎょうとうち)と翻訳され、企業の内部牽制の仕組みや不正行為を防止する機能をいう。コンプライアンス(法令遵守経営)と並んで(あるいはそれを実現する手段として)、21世紀初頭の日本で盛んに用いられるようになった。
M&A…(Mergers and Acquisitions)とは、企業の合併及び買収を総称して言う。他の企業を取得しようとする際に、それを企図する主体が現在有している企業に吸収合併させたり、相手企業の株式を買収して子会社化したりする手段が用いられることから、およそ企業の取得という効果に着目して総称するものである。
BIS規制…国際決済銀行は、中央銀行間の通貨売買(決済)や預金の受け入れなどを業務としている。略称はBIS(Bank for International Settlements)。世界の中央銀行の中央銀行ともいえる役割を果たしている。
最近では、国際業務をしている銀行に対して信用秩序維持のため守るべき基準として、自己資本比率規制(BIS基準、BIS規制)を定めたことで知られる。BIS基準とは、貸し出しなど総資産に対する自己資本の比率(自己資本比率)が1992(平成4)年度末に8%を超えない銀行は、国際業務を禁じるというBISでの取り決めである。
MD…ミサイル防衛(MD:Missile DefenseまたはBMD:Ballistic Missile Defense)とは主に弾道ミサイルからある特定の区域を防衛することである。
ミサイル防衛は時代と共にその名称が変遷してきた。2001年5月にブッシュ政権は戦域ミサイル防衛
(TMD:Theater Missile Defense)と国家ミサイル防衛 (NMD:National Missile Defense)を統合した多層的なミサイル防衛構想を打ち出した。
2006年現在、日本では次世代型の「スタンダードミサイル SM-3」をアメリカと共同開発中であり、ミサイル防衛対応型イージス艦を2007年には横須賀と新潟に配備する予定である。また、「パトリオットミサイル
PAC-3」の実戦配備も行われる。
ICタグ…小型の情報チップのひとつ。ICタグリーダーから発射される電波によって微量な電力が回路内に発生し、その電力で情報を処理し、リーダーに送信する。大抵の場合、使用できる電波出力の関係などから、ICタグとICタグリーダーを近づける必要はあるが、必ずしも接触する必要はない。商品にICタグをつけておくことで、生産者や流通経路を記録することもでき、物流管理への貢献が期待されている。2005年現在、ISOにおいて規格の標準化の策定中であるが、採用されると莫大な利益を生む市場になるため、アメリカと日本の会社が激しく競い合っている。
グローバリズムの本質と日本の進路(当日の講演レジュメ)
本山美彦(福井県立大学教授)
1 米国外交問題評議会の日本改造計画研究
「米国外交問題評議会」という機関がある。この機関が刊行する『フォーリン・アフェアーズ』という雑誌は、世界的に非常に権威の高いものとして認知されている。共和党、民主党を問わず、米国の重要な外交案件がそこで示されているので、国際関係問題に関心がある世界中の人々がむさぼり読む雑誌である。
元USTR次席交渉者(USTRについては後述)、アイラ・ウォルフが、日本に外圧をかけるべきだとの論文を1999年2月号の『フォーリン・アフェアーズ』に掲載した。
タイトルは、「日米貿易交渉の教訓」であった。彼の論文を要約しておく。
ワシントンではまだ合意が形成されていないが、日本に規制緩和を実行させることが日本市場に米国が参入するために非常に重要である。これまで、日米貿易問題を解決するための政治的産物として、「市場分野別協議」(MOSS)、「日米構造障壁問題」(SII)、「枠組み合意」といった1連の交渉が継続されてはきた。しかし、それらは部分的なものに止まった。日本市場をもっと開放するには、米国自身に日本の規制緩和を要求するコンセンサスが必要である。
「対日交渉を成功へと導くには、焦点を定め、問題を喚起し、積極的に行動を起こす必要がある」。
ところが、米国は、日米貿易問題について、日本との交渉で費やした時間よりも、米国の各省庁との綱引きで費やされる時間の方が多かった。
橋本政権下での日本は、改革と規制緩和とが別の次元の問題であると理解してしまっている。橋本首相の発言には、改革が終わらなければ規制緩和はできないという姿勢を示していた。しかし、これは危険である。日本は規制緩和をする時期を米国に申し出る可能性はない。日本はつねに決定を先延ばしする。こうした状況を打破するには、米国が1丸となって日本に外圧を加えるべきである。
「外圧は有効である。例え、我々の動機とは違うとしても、日本国内に我々が望むのと同じ方向へと向かわせようとする勢力が存在するときに、外圧はもっともうまく機能する」、「扉にわずかな裂け目もなければ、つまり、我々と同じ方向を志向する国内勢力が存在しなければ、外圧も我々の希少な資源の浪費に終わるだけだ」。
この論文は、1998年10月22日にニューヨーク外交問題評議会で行われた、「日米経済関係の新パラダイム」に関する研究会に提出された説明資料である。執筆者のアイラ・ウォルフは、USTRの職務に携わるかたわら、モトローラ、コダックなどの在日の米国企業のロビスト、つまり、これら企業のエージェント(代理人)として日本の政府関係者との交渉に当たっていた。
米国外交問題評議会は、『フォーリナフェアーズ』以外に様々なレポートを刊行している。その中の1つに、ブルッキングズ研究所から2000年に、『新しい始まり―日米経済関係の再構築』というレポートが発表された。このレポートは、米国外国問題評議会が主催した日本経済研究チームの成果である。チームのメンバーは37人いるが、米国のたるエリートたちである。
2 2000年『新しい始まり』
2000年のレポートは、ようやく回復の気配を見せ始めた日本経済の中に米国のビジネス・チャンスを増やすべく、日本政府(小泉政権)に米国の新政権(子ブッシュ政権)は働きかけるべきであるとの書き出しから始められている。
米国経済と日本経済は一体化させられるべきであり、日本は規制緩和をはじめとした改革路線のスピードを速めるべきであることが強調されている。そして、「米国の対日経済政策にはアメとムチが必要である」と激しい言葉が付けられた。
@「日本は、さらに規制緩和を進め、競争を促すような法律を施行し、海外からの投資環境を整え、製品輸入を増加させる必要がある」。
A「余剰能力の削減、失業、倒産、合併、企業買収など、・・・他の先進諸国がかつて行ったような踏み込んだ再編成を日本はまだ行っていない」。
B「とくに、通信、運輸、電気といった重要なセクターにおける規制緩和を行えば、・・・日米経済関係の改善にもつながる」。
C外部取締役の導入、世界標準的な会計基準の導入という企業統治の改善。株主資本収益率を重視するようになれば、外国人が日本の企業を買収することも容易になる。
Dペリー来航が日本社会の変革を促したように、海外資本の日本への流入が日本を変革させる。外国資本による企業合併と企業買収を持続させるために、日本は規制緩和、経済再編を推し進める必要がある。
以上の改革を日本政府にさせるためには、米国は新しい対日政策を支える「日本チーム」を米国政府内に設立すべきである。
「(米国は)『外圧』の行使を躊躇すべきではない。・・・米国は棍棒をもちながらも穏やかに話す術をつけるべきである」。
重要なことは、個別的な貿易問題に対処するのではなく、日本の構造問題に対応することである。日本が太平洋経済統合の障害であるとの認識を米国人はもつべきである。「日本叩き」の再燃だと言われても、米国はこの改革をやり遂げなければならない。2010年までに米国は日本市場を世界に開放させなければならない。
この計画は日米構造協議(SII)の延長線上にある。具体的には以下の日程に従う。
@2001年末までにフィージビリティ・スタディ(実行可能性調査)を終える。A2002年初めまでに具体的に計画を開始する。B日米のビジネス上の対話を行う。C内容は、規制緩和、海外からの直接投資の増加、製品輸入の拡大など成果が短期で上がる分野を重点とする。D交渉プロセスを明らかにするために米国大統領と日本の首相が毎年首脳会談を行う。
事実、このスケジュールは実現した。2002年から毎年5月か6月に『日米首脳に対する報告書』が提出され、毎年10月か11月には、『日米投資イニシアティブ報告書』が提出されるようになったのである。つまり、米国外交問題評議会の2000年のレポートは、他の報告書のような研究成果の発表という次元のものではなかった。子ブッシュ大統領の意向を受けて、小泉政権に向けて発せられたメッセージだったのである。以後、小泉政権のいわゆる構造改革が急展開した。小泉政権の構造改革とは米国から要求された事項を、じつに忠実になぞることであった。
3 日米を被う「経済の傘」
同報告は、核の傘ならぬ「経済の傘」という表現を用いて、日米経済の一体性確保の重要性を強調する。日米経済をできるだけ統合する努力は過去から試みられていたという。1997年には、「太平洋貿易及び投資政策に関する大統領委員会」が日米間の「包括的市場合意」を提案した。これは、日米間の貿易と投資を阻害する要因が日本の商慣習、行政上の手続き等の障壁がある。これを除去するための手段を採用することの合意を日米間で結ぶべきであるとこの委員会は提案したという。
同報告によれば、米国の対日交渉は二重の戦略が意図的に取られていたという。短期的には個別の貿易問題の解決、長期的には日本経済を開放すべき構造障壁の打破という短期と長期の2つの戦略の採用がそれである。
例えば、USTR代表のカーラ・ヒルズが取った戦略がこれであった。貿易を阻害している問題については、日本をターゲットとしたスーパー301条を梃子に解決しようとするとともに、ヒルズはSIIの開始を提唱したのである。スーパー301条とは、詳しくは後述するが、ある分野の貿易に不正があるとUSTRが判断すれば、より強い打撃をその国に与える別の分野の対日輸入制限を認めるという米国通商法の条文である。米国の国内法で対外関係を拘束するという国際法的にはかなり問題のある条文が301条である。
もし、個別的、短期的な貿易問題に限定してしまえば、日本の政治家と官僚は、「米国の圧力に屈してはいけない」と反発するようになるだろう。そうした事態を発生させないためにも、日本の経済を対外的に開放する包括的な長期取り決めを締結することができれば、米国の交渉者が「いじめっ子」として位置づけられ、「無分別な外国の要求から国家の歴史的遺産を守る」とする日本の交渉者の姿勢をそらすことができると、同レポートは言う。
例えば、1980年代、全米精米業者協会が、日本のコメ輸入の障壁を打ち破るために、USTRに301条を日本に対して発動するように要請したことがある。このときのUSTR代表はクレイトン・ヤイターであった。このときのヤイターは、個別的な分野で日米が争ってしまえば、懸案のウルグアイ・ラウンドの多角的貿易交渉を頓挫させてしまう恐れがあるにで、より幅の広い長期的な交渉に日本を巻き込むべきだとの判断を示していた。つまり、「包括的な交渉枠組みがあれば、日米関係をより大きな文脈の中に位置づけられる」というのがUSTRの考え方であった。米国外交問題評議会の2000年レポートはこうした「日米経済関係を被い尽くす傘のような枠組み」を作り出すことを訴えたのである。
同レポートは、アジア共同体の道筋についても言及している。これは非常に重要である。1994年、インドネシアのボゴールで開催されたAPEC(エーペック=アジア太平洋経済協力会議)で、メンバー諸国は2010年までにアジア太平洋地域の先進工業所国間での自由貿易を達成することに合意した。対象国はオーストラリア、シンガポール、ニュージーランド、米国、日本である。つまり、米国が主導し、日本がアジアをとりまとめるというのがこの地域の自由貿易システムを建設するシナリオであった。ASEAN(アセアン=東南アジア諸国連合)プラス3(日、中、韓)の枠組み以外にオーストラリア、ニュージーランドを加えるべきだとの米国の主張はここに明確に表明されたのである。
事実、2005年12月14日、小泉首相は、マレーシアのクアラルンプールで開催された第1回東アジア首脳会議(サミット)で、東アジア共同体には、ASEAN(タイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ミャンマー、ベトナム、ラオス、インドネシア、ブルネイ、カンボジアの10か国)、プラス3のほかに、オーストラリア、ニュージーランド、さらにはインドをも加えようと発言したのである。ASEANのまとまりを危惧する米国に呼応してオーストラリアの提唱で作られたのがAPECであった。小泉首相は、この路線を継承したのである。
東アジア・サミットは、実質的にASEANを拘束するものである。2004年、ASEANプラス3にインド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた十6か国が首脳会議を開くことの合意が形成され、その成果が2005年12月14日の首脳会議であった。そして、この会議は東アジア共同体構築に向けて進もうとの合意を形成した。しかし、これは、米国の指令下に、アジア諸国の団結、とくに中国の主導下の団結をできるかぎり妨害する会議であることは疑いない。小泉首相は米国のそうした思惑に沿って発言したのである。ASEANプラス3を重視する中国と韓国に対して、より大きな枠組みを求める米国の戦略に小泉首相はどっぷりと浸かっている。米国の姿勢が2000年レポートですでに強く打ち出されていたのである。
4 日本の企業・政治家・官僚の動員方法
「交渉のトピックには、医薬品、会計基準、小売り流通、競争政策、税制、投資、政府調達、専門家の認定制度、技術基準、試験制度などの国内規制が含まれることになるだろう」。
独立国の内政問題にこのレポートは土足で踏み込んでいる。税制、専門家の認定、技術基準、試験制度などは国家の背骨である。米国はこの背骨を叩き割ろうとしている。こうした無礼な圧力を現実化させるために、同レポートは日本の企業家、政治家、官僚をどうすれば米国の要求に沿った行動に駆り立てることができるのかの戦略を説明している。
まず、日本の企業の中で、米国と同調する企業を取り込むことが必要である。これまで、米国は日本企業を日本政府と同一歩調を取らすように追いやってしまった。そうした苦い経験を踏まえて、今後は、「日本とのつながりが強い米国企業、これから日本市場に参入しようとしている米国企業、自分たちの意見を表明したいと考えている新しい日本企業など、広範囲な企業を取り組んで行く必要がある」としている。
企業だけでなく、労働組合、消費者、環境保護団体をも取り込まなければならない。さらに、日米の次官級の定期的会合がもたれるべきである。日米国会議員の定期的会合も必要である。議員との対話には、各種委員会の委員長も同席すべきである。
とくに、規制を行う官僚に対して、日本の議員は強く当たるべきである。日本の国会議員の権限と影響力は弱い。そのために、政治家のトップが直接に関与する体制の構築が必要である。
このように報告する同レポートは、現在の官邸主導の小泉流政治そのものを予見している。小泉政権がこのようなリーダーシップを取ることができるように、米国が相当に小泉政権に入れしたと想像できる。そのためにも、日米首脳会議を毎年開催することが最上の手段である。単なる記念写真撮影の場ではなく、実のある首脳会談を定期的にもつことがとりわけ重要になると言うのである。
5 日米安保と経済関係
同レポートは、経済関係を強化するためにも、日米安保体制を強力な武器として使うべきであると次のように露骨な表現をしている。
「ワシントンは、東京に対して、構想実現に向けた進展が見られなければ、日米貿易摩擦が激化するのは必然的である。その結果、日米安全保障関係に対する米国世論の支持も低下する危険があることを明確に伝えておく必要がある」。
「外向的理由から日米安全保障関係と経済関係は別個に議論されることになろうが、政治的に見ればこの2つは決して切り離せるものではない」。
ここには、軍事力を背景として経済的実利を相手国から勝ち取ろうとする米国の姿勢が露骨に表現されている。
日本は新しい「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)に署名した。戦域ミサイル防衛(TMD)に参加した。自衛隊を平和維持活動に派遣した。日本は、「日本及び周辺地域の防衛面において、ゆっくりとではあるが次第に大きな役割を果たすようになりつつある」。
現実に事態は同レポートの構想に沿って進展した。それこそ、米国は日本のの上げ下ろしにまで細かく注文をつけるようになったのである。しかも、脅迫を交えて。
「米国は東京に対して、この構想を真剣に実施しないことの代価が大きいことを理解させ、同時に同様の構想をオーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、韓国とも実施すべきである」。
日本が参加しなくても、これら諸国との協議を通じて、構想を実現させて行けば、日本も参加するようになるだろうとレポートは言う。
また、EUの対日差別政策を阻止するためにも、日本の企業と政府は米国政府の力を必要とする。そうした日本の置かれた環境を米国政府は利用して、日本政府に日米経済統合構想への参加を促すべきだと、同レポートは記している。
同レポートが強調したのは、「個別交渉」を超えた「包括交渉」という戦略である。個々の項目で交渉すれば、成果は目に見える形で現れるし、失敗も明らかであるので、交渉が非現実的なものになることはない。しかし、個別交渉は、両国の国民をいら立たせることに終わる場合が多い。
1980年代には、日本からの輸入と投資の激増を前に、米国の家電産業が崩壊し、鉄鋼産業が解体に追い込まれた。自動車産業も厳しい縮小を余儀なくされた。そうした苦い思いがあるために、いまなお日本を快く思っていない米国人は多い。
他方、1990年代の米国からの外圧に対する反発やいら立ちの大きさは相当なものであった。
こうしたことは長期的な国益を損なうものである。個々の貿易摩擦にこだわるのではなく、それをもっと大きい文脈の中に収めるようにしなければならない。それが包括交渉のもつ長期的な価値である。
しかし、経済統合という長期的目標を設定しても、文化と国益という障壁がある。日米の経済・ビジネス哲学は大きく異なっている。経済における政府の役割、自由競争の定義、競争に関する企業間の関係、労働者、消費者、コミュニティ・メンバー、資本家といった経済における主体間のバランス、どれをとっても日米間に共通認識はない。
1980年代の日本研究における「リビジョニスト」(見直し論者)たちは、日本はグローバル社会における異質な分子であり、日本を「相手にしない」(ウォーリング=壁を設ける)か、交渉するにも貿易と投資に関する「数値目標」を米国は具体的に設定して、日本政府に強く当たるべきであると主張していた。
しかし、恫喝の下では日本政府はますますかたくなになり、日米関係は悪化の1途であった。日本との交渉で2国間交渉を採用するしかないのだが、個別分野での貿易摩擦にこだわっていては、長期的な成果がゼロになってしまう。1980年代のリビジョニストたちは、日本の長期的な経済成長力を過大評価していた。現在、日本は経済停滞下にあるので、米国はこの機会をつかむことができる。以上のように論じた後、同レポートは次のように包括的交渉の利点を強調した。
「日米関係全体の文脈を変化させるような包括的交渉枠組みが存在すれば、日本はそうした2国間の摩擦を緩和させることができる。もちろん、日本は先延ばし先述をとって抵抗しうるが、そうしたやり方はぶざまであることが、今後はますます明白になってくるであろう。外国人の日本市場へのアクセスを拒み、外国人投資家が投資の果実を得ることを妨害するような障壁を除去することに、日本が前向きに取り組まざるを得ないようになることは自明である」。
見られるように、日本社会を米国政府が望むように改造する意図を表明したこのレポートの内容のことごとくが実現されつつある。日本における構造改革とは、このレポートを作成した米国の雲の上の人脈が命じるままに、忠実に動いてきたこと以外の何ものでもない。
6 米軍再編
「トランスフォーメーション」とは、米軍を再編することが言葉の定義であるが、内容的には「不安定の弧」に対する米軍の行動様式の変化を指す。より正確にいえば、石油資源をめぐる紛争地域への対応策の問題である。「不安定の弧」は、「破綻国家」を含んでいる。たとえば、最重要資源である石油は、中東、カスピ海・中央アジア、中南米、アフリカなど全世界に広がっているものの、最大の石油資源の集中地域は、東アジア・東南アジアから中東、カスピ海・中央アジア、北アフリカにおよぶ破綻国家がならぶ地域である。この地域が「不安定の弧」なのである。この地域には、宗教紛争・地域紛争、民族紛争が絶えない。しかも、民衆レベルで反米傾向が強い地域でもある。米軍は、この地域を「不安定の弧」と規定し、ここに機動的に展開できるようにすべく、世界的規模で米軍の配置を見直そうとしている。
「米軍再編」とは、冷戦体制下でソ連圏封じ込め向けであった軍事力を、石油集中地域=破綻国家群=「不安定の弧」を支配するための軍事力に修正することを意味する。東は日本・韓国、西はドイツと、ソ連を包囲すべく巨大な軍事力を固定的に貼りつけてきた冷戦時代の軍隊配置を抜本的に再編することが「再編」の目標となる。米軍は、東の日本と西のドイツを司令拠点として、「不安定な孤」のなかに、軍事拠点をできるだけ数多く建設し、石油資源の確保を中心的内容とした安全保障をもたらすために、機動的・迅速的な軍事介入体制を構築しようとしている。
「不安定の弧」の西端はドイツである。米軍は、ドイツの大規模な米軍基地を縮小することで2万人を削減し、有事に米本土から緊急展開する「受け皿基地」をバルカン諸国、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア等々にいくつも建設するという計画をもっている(「在欧米軍の再編、中東重視に」、『日本経済新聞』、2004年11月2日)。在日米軍基地の再編も、この世界的な米軍再編の1環である。
7 「定位置戦闘」から「不定位置戦闘」へ
「再編」は、従来のように海外駐屯米軍武力を重点地域に固定して、「敵対勢力」を牽制するのではなく、任意の時刻に任意の地域へ武力を迅速に投入して軍事目的を達成しようとする米国の作戦的意図を反映している。
「いつでも、どこでも必要な作戦を遂行できる兵力」を世界大に展開することとは、「定位置での戦闘」ではなく、「不定位置からの戦闘」に兵力を動員することである。重要なことは、海外駐留兵力を戦域司令官の「所有物」にはせず、米国の総司令部の指示下に置くことであると、ファイス国防次官が下院軍事委員会で証言した。
そして、主力が陸軍から空軍に移行する。空軍司令部の統合は、「長期的な戦略変化を鋭く反映しており、今回の米提案のなかでもっとも重要なもの」(米政府高官)である。米空軍はすでにいつでも、どこでもグローバルに運用できる「遠征空軍」の色彩を強めつつある。たとえば、日本には、いざというときにグアムから駆けつける空軍が展開できる前方基地があればいいということになる。
ブッシュ米大統領は2004年8月16日、オハイオ州での退役軍人の集会で在外米軍再編計画を発表した。アジアとヨーロッパから、今後10年間で在外米軍を6万から7万人を削減するというのである。
冷戦体制の終結で、ヨーロッパの安全はほぼ確保されたとして、主要な削減は在ヨーロッパ米軍であり、残りはアジアが対象となっている。イラクに駐留する12万人、アフガニスタンに駐留する2万人は、移動の対象ではない。ドイツに展開している「第1機甲師団」と「第1歩兵師団」の約3万人を2006年以降に撤退させ、全ヨーロッパから約5万人を削減する。ヨーロッパに配備されている1万から1万5千人規模の重装備師団を、3千から5千人規模の、より小型で機動力のある軽装備のストライカー旅団に置き換える。2010年末までに、在ヨーロッパ米軍基地の半数を閉鎖する。
アジア・太平洋地域では、米国ワシントン州、フォートルイスにある「陸軍第1軍団司令部」(約2万人)が、再編の焦点になっている。この軍団は、日本を含むアジア太平洋地域に紛争があれば、増派部隊として即応することを任務としている。この司令部には、6つのIBCT(新鋭軽装甲戦闘旅団)があるが、これらが、「不安定の弧」にかけての戦力放射を意図して、「陸軍の海兵隊化」に再編されようとしている。
米陸軍第1軍団は、米陸軍のなかではもっとも旧い軍団である。1918年にフランスで結成された。第2次世界大戦では、南太平洋で日本軍と戦った。戦後、日本に進駐した占領軍とは、この第1軍団のことである。朝鮮戦争時には朝鮮半島に移り、フォートルイスに居を定めたのは、1981年になってからである。
米陸軍は、司令部機能と戦闘部隊を分離する組織改編に乗りだしている。縦割り組織を固定化せず、部隊編成をより柔軟にするためである。いままでは、各部隊がそれぞれ司令部をもち、1つの司令部は別の部隊を指揮できなかった。それを作戦ごとに最適な司令部が各地の部隊を指揮できるようにするといった改革が検討されているのである。
司令部を「(大規模司令部)Y」と「(小規模司令部)X」に分け、「Y」は「軍レベル」、「X」は「軍団レベル」や「師団レベル」などの司令部である。ここで「軍」というのは、「太平洋陸軍」などの大きな単位であり、複数の軍団や師団によって構成されている。「軍団」というのは、2万から4万人規模の単位、「師団」というのは、1万から2万人規模の単位のことである。「Y」は、全体を統括し、「X]は作戦ごとに指揮できる軍団・師団が異なる。
「第1軍団司令部」は、小規模の「X」に位置づけられる。したがって、第1軍団司令部がキャンプ座間に移転されても、第1軍団が極東以外で展開する場合、第1軍団を座間の司令部は、第1軍団を指揮しないので、日米安保条約の「極東条項」に触れないというメリットがあると米軍は日本側に説明している(『毎日新聞』、2005年3月22日、夕刊)。
アジアでは、中国の潜在的軍事脅威が米軍再編の中核を形成している。米空軍からの委託研究の成果である、ランド研究所報告、『米国とアジア』(2001年)には、「短期的には中国の台湾への軍事力の行使、長期的には中国の地域支配に対応する」ため軍事態勢の「南西シフト」の必要性が指摘され、「グアムをアジア全域の米軍事力投影の中軸として構築するべき」であるとされている。空軍司令部はグアムに統合される。それは、北朝鮮と中国の戦域ミサイルの射程の外に自らを置こうとしている。後述するが、米国には、その1環として、「自衛隊はいずれ南西諸島の防衛を強化することになる。
「米陸軍協会」発刊の雑誌ARMYに、米大統領は、「国家の政治・経済・社会心理や軍事などを総合し、とくに、同盟国・友好国との協同連携を強化しつつ、地球規模の『アクティブな戦略』(Active Strategy)を中心として、テロとの戦いに勝利すると同時に、本土に対する攻撃から守るための能力を高めようとしているのである」と書かれている。
このような大統領の基本戦略を受け、米統合3謀本部は、2004年の国防軍事戦略として「1ー4ー2ー1兵力整備計画」を定めた。この「1ー4ー2ー1」戦略は、最初の「1」が米本土の防衛、2番目の「4」が4つの地域での前方抑止、3番目の「2」が2つの地域でのほぼ同時の迅速な作戦遂行、最後の「1」が、これらの作戦の成果として1つの決定的な勝利を収めることを狙いとしたものである。
世界全体を迅速に、機動的に同時に攻撃できる態勢を整えようとするのが、米軍再編の目標であることを、この「1ー4ー2ー1」が如実に示しているのである。
米軍再編の中核は、情報戦への対応にある。
『日本経済新聞』(2004年11月27日)の6面に掲載された「米・国防科学委員会」のウィリアム・シュナイダーへのインタビュー(「米軍再編の狙いは」)に、情報戦の重要性が端的に語られている。
「国防科学委員会」は、1956年に設立された米国防総省の助言機関である。最新装備の調達を担当する国防次官に直接報告をおこなうことを任務としている。委員会は、陸軍、海軍、空軍、国防情報局、弾道ミサイル局などの下に設けられた各助言機関の議長らで構成されている。さらに、科学、国防技術、軍事作戦、兵器製造、装備調達などの専門家らが国防政策に関する助言、勧告をおこなっている。
同インタビューによると、冷戦終結後、潜在的な脅威は、ロシアなどの西ではなく、東(アジア)に存在するようになった。近代化を進める中国軍とイスラム原理主義がその原因である。そうした環境変化下で米軍再編を促す軍事技術の方向性は「軍事司令技術革命」である。ブロードバンドを含めた商業ネットワークを活用し、迅速、かつ大容量のデータ通信網を前提とした軍事指令系統の構築がそれである。前線と作戦本部を大容量回線などでつなぐ「司令系統のリアルタイム化」が死活的に重要になる。
「米軍再編を促す軍事技術革新の方向性として我々が主に考えているのは戦車、航空機ではなくコマンド・コントロールなどコミュニケーション・システムだ。具体的にはブロードバンドを含め大容量の商業ネットワークなどを活用し、迅速、かつ大容量のデータ通信網を前提とした軍事司令系統の構築を目指す」。
「21世紀の近代戦争では、敵勢力による『サイバー攻撃』によって自軍の司令系統が壊滅的な打撃を受ける恐れもある。それを防ぐ意味でも日本は米国と協力する方が得策だと思う」。
日本への米陸軍第1軍団司令部移転も、この「軍事司令技術革命」実現の1環であり、自衛隊との連携強化を目指している。「司令系統の相互運用性(インターオペラビリティー)向上が米軍再編の目玉ということか?」という質問に対しては、「そうだ」と答え、「我々は英、豪、日など信頼のおける同盟国に限っている」と語った。
『日本経済新聞』の記者は、以下のコメントを書いた。ラムズフェルド米国防長官の諮問機関である国防科学委員会は32人の有識者で構成する。長官が推進する米軍再編は、ブッシュ政権の発足時からシュナイダー委員長ら『3謀』が水面下で練り上げていたコンセプトの具体像だ。軍事技術の急速な進歩と、米国をとり巻く安全保障環境の変化をにらんだ長期戦略で、政権発足後に発生した米同時テロやアフガニスタン、イラク攻撃などを受けて泥縄的にまとめたものではない」(編集委員、春原剛、『日本経済新聞』、2004年11月27日)。
米国が時間をかけて練り上げた構想なので、日本側はもっときちんと対応すべきであるとのコメントが後に続き、「米国の意向はこうだ。日本はそれに従え」という、現在の日本のマスコミで流行する米国盲従の姿勢が鼻につくが、このインタビューが米国の真意を引き出したことは確かであろう。
8 軍事支出から見た再編
米国防総省ビルと世界貿易センタービルが攻撃された2001年9月11日以降、世界は1変したといわれているが、実際には、その12年も前の1989年、つまり、ベルリンの壁が崩壊し、世界中で冷戦体制が溶解してしまった年から、変化は始まっていた。
米ソという2つの超大国が注ぎ込んだ軍事費は、戦後の1947年から1989年までの間に35兆ドルにも達した(2001年のドル価値で評価)。1980年代を通じて米ソの軍事関連施設に従事していた人数は、2100万人もいた。ヨーロッパでは、米ソは400万人の兵員を自国軍と同盟軍から動員して固定的に互いの基地に張りつけていた。両大国は途上国にも自国に協力する正規軍やゲリラ部隊を育成していた。
膨大な武器が北側諸国から南側諸国に流れていった。北から南への武器貿易は1980年代がピークであった。その10年間でその総額は6500億ドルであった(2002年のドル価値で換算)。
南の途上国は、米ソの草刈り場になった。米ソは競って自陣を支持する勢力を育成した。現地で自国よりの正式の権力を擁立すべく物心両面で援助し、それができなければ政府への反乱軍を育成した。しかし、正式の政府の多くが全体主義的傾向を帯びるものであった。南の「全体主義的国家」は、冷戦体制が終結する前には64あったとされている。第3世界における激烈な反政府暴動は、1950年から1989年の間に主要なもので35あったといわれている。
冷戦体制の終結は、こうした軍事的対峙のあり方を根本的に変えてしまった。米ロは自国の仲間を増やすための支援を急遽とりやめた。南の全体主義国家は自己を維持できなくなった。全体主義国家が疲弊するや否や、それまで抑圧されていた地方軍閥が自己の権益の拡大を求めてテロ活動を激化させた。テロが頻発する情勢に対応するには、大規模軍隊を基地に固定的に張りつけることは得策ではなく、機動的に動ける兵力を広い範囲に展開させなければならない。軍事力行使の対象が、超大国に対する威嚇ではなく、国家間関係に挑戦する広域テロであり、破綻国家になった。
2004年9月21日、小泉純1郎首相とブッシュ大統領がニューヨークで会談した。この席上、米軍の再編の路線に日本も乗ることを小泉首相は合意したのである。
ブッシュ政権が、軍事再編構想を示し、その線に沿って同盟国との協議に入ることを公表したのは、2003年1月のことであった。繰り返し述べるが、米軍の再編は、「いつ、どこでも、必要な作戦を遂行できる兵力」を世界に展開できるようにすることであった。
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講師紹介 本山美彦
1943年 神戸市生まれ。京都大学経済学部を卒業、同大学大学院経済学研究科修士課程・博士課程に学ぶ。甲南大学助教授を経て、1986年、京都大学教授。2000〜2002年、京都大学大学院経済学研究科長兼学部長。日本国際経済学会会長、国際経済労働研究所所長を歴任し、現在京都大学学術出版会理事長。2006年度より福井県立大学大学院経済・経営学研究科教授。
《主な著書》
『売られるアジア』(新書館)『ESOP‐株価資本主義の克服』(シュプリンガー・フェアラーク東京)『「帝国」と破綻国家』(ナカニシヤ出版・編著)『儲かれば、それでいいのか』(「環境持続社会」研究センター・共著)『売られ続ける日本、買い漁るアメリカ』(ビジネス社)など著書多数