to Chap3


PART ONE The Mummy's Shroud  第1部  ミイラの屍衣

・2・
ラット・トラップ(ねずみ取り)


容赦なく照りつける砂漠の太陽の下、テーベの神殿の跡を遙かに見おろす砂丘の頂上に、3人の白人の男が馬の背に乗ってじっと佇んでいた。3人のリーダー"レッド"・ウィリッツは双眼鏡で何か動きがないか様子をうかがっていた。彼の目にはただ3頭のラクダがおとなしく繋がれているのしか見えなかった。
「あいつらは地下の納骨所にいるにちげえねえ」

馬に跨った3人は一様につばの広い帽子をかぶり、首にはバンダナを丸結びに縛り、腰にはピストルのホルスターを吊っていた。3人の雰囲気はアメリカの西部劇に出てくる者のようだったが、よく見ると偃月刀を佩いていることから、彼らがこの地にまんざら不慣れでもないことがわかる。衣服は砂と埃で汚れ髭も伸び放題だったが、その目は砂漠の暑さに反比例するように冷酷な光りを宿していた。

6フィート1インチの残忍なレッドはアメリカ人だ。逞しい体つきの6フィート3インチのジャック・クレマンはフランス人で、この男が傍にいるとレッドがお上品に見えるというしろものだった。二人に比べて英国人のジェイク・スパイビー、6フィートのこの男は蛇のように痩せて意地が悪そうでこの男の栄養不良は多少の懸賞金では直りそうにもなかった。

オコンネルのような外人部隊傭兵と、彼ら3人のようなごろつき傭兵との違いは彼らを一見するとよく分かる。
後に従う相棒に向かってうなずくとレッドは砂の坂を易々と馬で駆け下りた。双眼鏡の視界にオコンネル一行の一人、子供のアレックスの姿を捕らえていることに気づいていなかった。
その当のアレックスは神殿の大広間で何かに忙殺されていた。


最初アレックスは、今していることに気を取られていて男達がやってくる音が聞こえなかった。ここ数日の間、両親は神殿の地下から掘りだしたおびただしい発掘品を大広間に集めて小さなグループに分類していた。その小山はアレックスが今一生懸命何かをしているところから余り離れていないところにあった。ショートパンツをはいた亜麻色の髪の少年は、竹の若枝やミイラの包帯の切れっ端、朽ちた骨など雑多なものを集めて、籠のような代物を作っていた。それはもうほとんどできあがっていて、ちゃんと食料品入れのバスケットから取り出してきたチーズの塊が気前よく入れてあった。

"もっといいねずみ取りをつくれよ"父が言ったように彼はねずみ取りを作っていたのだ。時折神殿の隅をちょこちょこ走るネズミに向かって心配そうな目を投げかける。わあ、でかいネズミだ!

ちょうどその時だった--- もっと大きなネズミが入ってくる音を聞いたのは。レッド、ジャックにスパイビーが馬を外に繋いで話ながら徒歩で近づいてきた。

少年は母から知性を、父から勇気を受け継いではいたが、所詮彼はまだ8才だった、それに一つの声が(それはレッドのものだったが)小声で「やつらを埋める手間は省けるだろう・・・このクソ熱い太陽とそこらの鳥は何のためにいると思う?」 こう言うのを聞いたときには骨の芯から震え上がった。

もう一つの低いだみ声がそれに吊られて笑った、が、その時にはアレックスはもう素早く立ち上がっていた。必死で辺りを見回すと、中途頓挫しているエジプト政府の復元工事用の、板と鉄パイプでできた40フィートの足場に目が止まった。

リュックサックを掴んでさっと担ぐとアレックスは足場に走り登りはじめた。遊園地のジャングルジムに登るように素早く敏捷に登ったが、足場は彼の軽い体重でも幾分危なっかしげに揺れた。

それでもやっと一番上まで登り、安全なところで渡してある板に腹這いになって神殿を見下ろした。3人の薄汚れて、いかにも悪人面した男達がゆっくりと用心しながら入ってきた。各々片手には銃を抜き、もう一方には刀を抜いていつでも攻撃できるような構えだった。

リック・オコンネルの息子には、男たちが凶悪な、それもこういった仕事に慣れたやつらだとすぐにわかった。こいつらはここへ両親と---そして彼自身を殺しに来たのだ。恐怖で目は見開き、心臓が両打ちハンマーのように煽った。アレックスが足場の端から覗くと、一味のリーダーと思しき赤毛が出土品の山を調べようとひざまずくのが見えた。

「スパイビー、ジャック」男は指さした。
「ここをひっくり返してあのクソ腕輪があるか探して見ろ」
スパイビーはボスを驚きの目で見た。
「あんたは何をするんだ、レッド?」

レッドは亀裂のある壁に向かって顎をしゃくった。アレックスはその割れ目が地下の納骨場への"入口"であることを知っていた。
「ちょっくらオコンネルたちの顔を拝んでくるぜ・・・お前らはここのがらくたをより分けるんだ、おれはオコンネルを始末してくる」(*sort outには「より分ける」と「(人を)やっつける」の二つの意味がある)

その言葉に仲間は笑った。レッドは手に銃を持つと壁の亀裂に向かった。ジャックは出土品の山の前で膝をつくと指でほじくり出しながら相手に言った。
「お前なにしてんだよ、このバカ」
「こいつは一体何だろうな」
スパイビーのネズミを思わせる顔が、さっきまでアレックスが作っていたものの前で面白そうに歪んだ。
「みろよ!チーズだぜ」
痩せた傭兵が竹と骨でできた籠の中の皿に乗っているチーズの塊を取ろうと手を突っ込んでいるのを見てアレックスは笑いをこらえられなかった。
しかし次に起こった事に身を竦めて思わず目をそらした--- 先の尖った竹が上から思い切りスパイビーの手にぐさりと刺さったのだ!

スパイビーのぎゃっという叫びは砂漠に響き渡った、ジャックはそれを見て大笑いした。レッドの姿はもう割れ目の中に消えていた。アレックスはあの男と--- ずっと向こうの地下の墓地にいる両親にあの声が聞こえただろうか、と思った。

口汚くののしりながらスパイビーはバンダナで手を縛った、その間に足場の上のアレックスはリュックの中にそっと手を伸ばした。そして、にっこりと笑いを顔に浮かべながら--- 天使のように無邪気な顔を悪魔に変えるような、にんまりした笑いで--- お気にいりの道具を引っ張り出した。パチンコだった。もう一度リュックに手を入れると今度は一握りの小石を取り出した。それはパチンコの弾用にと集めたのだが、まさかこんなにおあつらえ向きの的ができるなん夢にも思わなかった。

手に包帯をしたスパイビーはまだぶつぶつ言いながら、がっちりしたフランス人と共に無造作というよりむしろわざと手荒く、彼の両親が発掘して保存するために精魂込めた出土品の山を漁りはじめた。
アレックスは狙いを付けて撃った。石はビュッと中空を飛んでスパイビーの後頭部に命中した!
「なんだ!」
頭を押さえてスパイビーはくるっと後ろを向いて弾かれたように立ち上がった。
「何かが当たった!」
出土品の条痕の上で手を止めてジャックは胡散臭そうな顔でスパイビーを見上げた。
「何が当たったんだ、間抜けめが」
「わかんねえよ! 多分石だ! ああ、畜生、血が出てやがる!」
ジャックは肩をすくめるとまた仕事に戻った。
「何でもねえさ、おい、バカタレ--- こっちへ来てあの腕輪を探すのを手伝うんだ」
スパイビーは溜息をつくとまた何かを罵ったが、また屈むと手荒く古代の品物をより分けだした

足場の上では弾を込めなおしたアレックスが、また狙いを定めていた--- 今度の的は痩せっぽちの骨張った尻だった。突き出された尻は撃ってくれと誘いかけているようだった。

それを目がけてまた石がひゅっと空を切った。
「あいてっ!」飛び起きると尻を押さえながら辺りを跳びはねた。
「畜生、こん畜生! 痛え!」

アレックスは声を殺して笑った、下ではジャックも大声で笑った・・・がフランス人の目は冷ややかにな色を湛えて周囲を探りはじめた。
「仕事に戻れ」
ジャックの声に、不承不承に時々肩越しにちらっと疑わしげな視線を投げながらスパイビーは元の位置に戻った。

次の弾をとばすまでに多分2分ぐらいは待っただろうか・・・しかし今度はいかにも仕事をしているかのように見せかけていたジャックが、その瞬間に弾かれたように向きを変えるとスパイビーの頭に当たる本の1インチ手前で石をはっしと受け止めた。その動作が目にとまらないほど速かったのでアレックスは信じられないどころかほとんど実感がなかった・・・あんな大きなやつがどうしてあんなに素早く動けるんだ?

アレックスはぱっと頭をすくめて後ずさったが、最初から臭いと睨んでいた下の男は彼の姿を捉えた。怖さで震え上がりながらアレックスはどうかあの男に姿が見えていませんようにと祈った、だが見られたのはほぼ間違いなかった。
スパイビーが訳が分からないといった様子で上を見上げる中、ジャックがゆっくりと立ち上がったが、アレックスはもう見ていなかった。ジャックは手を開いてごつごつした小石を見せた。
「こいつぁ、いったい・・・?」スパイビーの声に
「ちびネズミだ」ジャックはまた拳を閉じてぐっと握った。
でかいフランス人がもう一度手を開けたときには中に残っているのは土塊だけだった。汚いシャツで手をこすってボロボロになった石を払い落とすと伸び上がった。

アレックスは意を決して足場の端から下を覗いた。
「おれがやる」ジャックは言うとぞっとする鞘音をたてて脇から偃月刀を抜いた。
目を見開いてアレックスは慌てて後ずさった。完全に袋のネズミだった。


上でこんな事が起こっているとは夢にも知らないレッドは、片手に刀をもう一方の手に銃を構えて地下墓地を探っていた。しかしこの探検隊は工芸品ではなく上にいる少年の両親という獲物を探しているのだ。入口から覗き込んだが全く歴史の知識もセンスもなかったし、中に入り込んだときも自分が王女のカルトゥーシュの部屋に足を踏み入れたことも、うっかり踏んだ楕円形のものが、とてつもなく重要で神聖なカルトゥーシュそのものだということも知るよしもなかった。

それどころか、ともかくも最初のうちは、自分が、長年に渡ってずっとものを知った多くの探検家達の命を奪ってきたエジプトの伝説的なブービートラップの一つの引き金を引いてしまったとは全く気付かなかった。ただ彼の耳には、最初はささやくような人のうめき声のように聞こえた、そして--- それは大きくなるにつれて--- 爪で黒板をひっかくような、岩と岩が擦れ合う音であることがはっきりしてきた。
とてつもなく巨大な石と巨大な石が・・・

ついで周りの部屋が、まるで彼という愚かな存在に不快と吐き気を覚えたというように揺れはじめた。
ついで通路全体と地下墓地が怒りに狂った獣のように唸りはじめた。レッドはやっと状況をのみこんだ。恐怖で張り裂けんばかりに目を開き、その日初めての分別ある行動を起こした・・・くるりと向きを変えると滅茶苦茶な勢いで走り出した。

レッドは小部屋を全速で走り抜け例の王女のカルトゥーシュを踏みつけて走った。不敬を働くつもりはさらさらなかった、まるで神々がこの際だから見逃してくれるだろうと言わんばかりに。地下墓地が怒りで身を震わすように鳴動した。

部屋から通路へ逃れて出て怖ろしい光景を見ないで済んだが(その音はしっかり聞いた)、壁面がどっと割れて猛り狂う水が、亀裂から吹き出してくる。割れ目は今はまだ小さいが見る見る大きくなっていく。


上の神殿のスパイビーとジャックにはこの地下の騒ぎの兆しは何も見えていなかった。ジャックはマストを登る海賊よろしく刀を口にくわえて足場に登っている途中だった。
アレックスは悪漢が登ってくるのを見て近くにあった石を目を狙って投げつけたが、怪物のようなフランス人は小さな石をひょいと首を竦めたりたたき落としたりして避けて不遜に笑った。
「もう品切れか? ええ? 小ネズミめ」
下からアレックスに呼びかけた。
「もっと落とせよ! ますます頭に来るんだぜ!」
聞くのもぞっとする声だった。アレックスは急いで足場の最後尾まで下がったが、そこから後は行く先がない、おまけに怖ろしい鬼のような奴はもうそこまで迫っていた。
「美味しそうなフィレ肉が取れそうだなあ、ぼうず」

足場の一番上にジャックの手が届く直前に地下の鳴動が聞こえてきた。そしてリーダーのレッドが「入口」の割れ目からあわてふためいて出ていて滅茶苦茶な勢いで神殿を走り抜けるが見えた。
「早くここから出るんだ!」
赤毛が喚いた。
「もたもたするな!」

「一体何を言ってんだ? まだ例のものを見つけてないぜ!」スパイビーが聞き返した。
「じゃ、見てて死ね!」
レッドは神殿から飛び出して馬の所へ一目散に駆けた。スパイビーにはこれで十分だった。彼はレッドのあとを追って一目散に出ていった。

下の騒ぎを聞いて、ジャックは---もう足場の先端に着いていたが、下を覗くと仲間達が神殿から走り去るところだった。顔を上げるとそこにはおののきながらも、もう一発パチンコを撃とうと構えている少年の顔があった。
「クソ---運のいいガキだ」
そう言い捨てると、緊急出動のかかった消防士がポールを滑り降りるように足場のてっぺんから滑り降りた。

しかし足場の基底部で悪漢はほんの少し時間を割いた---逃げ出す前に足場を安定させてる板を蹴り飛ばしたのだった。

フランス人が逃げていくときに、まだ上にいたアレックスは、足場がぐらついて揺れるのを感じた。シーソーに乗っているように必死に平衡を取ったが、足下の世界の方がバランスをなくした。

最初からさして堅固ではなかった足場は、まるでひっくりかえらないように平衡を保とうとしている酔っぱらいよろしく、振り子のように大きく左右に揺れながらきしみ呻吟した。耳を塞ぎたくなるような音が地下から聞こえてきた。自分の事より下で大変な目にあっているかも知れない両親への思いが心をよぎった。ぐらつく足場の板に腹這ってしがみついていたが・・・ついに足場は片側に傾いで神殿の大きな柱に向かって倒れかかっていった。

衝撃で少年は倒れかかっている脆いカードの家さながらの足場から柱の上に放り出された。柱に抱きついて野生馬が背を丸めて跳ねるような姿でまたがったが、ありがたいことにかなりしっかりした手がかりがあるのに気付いて柱を滑り降り始めた。大きな階段の手すりを滑りおりるようで面白くさえあった。そして下にたどり着いた。床の下から相変わらず不気味なくぐもった轟音が聞こえていたが、アレックスは荒く息をつきながらやっとほっとした。

しかしそれも、つかの間で目前では、倒れる柱が隣の柱にぶつかりまたそれが横の柱にもたれ掛かっていった。乱れた息を整えようとしながら少年はなす術もなく見つめていた。柱は次々にドスンドスンと隣にぶつかって重く鈍い音が大広間に響き渡った。古代の塵も現代の土も等しく巻き上げて怖ろしいドミノ倒しはあっという間にアレックスの立っている場所を遺跡の残骸に変えていた。その昔壮麗さを誇った神殿はこうして未来永劫に完璧に破壊され尽くしてしまった。

たった1本だけ柱がかろうじて立っていたが、それも時間の問題だった。

母親はよくできた人間だったがそれでも幾つか欠点があった。少年はそれをいくらか受け継いでいた・・・それは時たまやらかす不器用だった。彼は思わず
「おおっと、いけない・・・」と一人ごちた。
もちろん言ったところで差し当たって何の効き目もないけれど、状況を少しはよくしてくれるような気がしたからだった

地下からの嵐のような音は地震のように大きくなり、床が小刻みに揺れ、ぐいと引かれたように揺れるような気がした。梁に引っかかって最後に残っていた柱がゆっくりと滑り出した。せめてできることはその柱が壊れないように守ることのように思えて、アレックスは駆け寄ると、さながら改心したサムソンの小型版のように、力を尽くして柱を支えた。ほんの少し残った神殿をこれ以上壊さないように巨大な石の柱をやせっぽちの体の持てる限りの力で押し返した。

少年が無駄な抵抗を止めたのも無理もないことだった。そして、おもむろに柱は壁に向かって倒れていった。その壁にこそ父の刺青と全く同じ文様が描かれていたのだ───中央に目のある羅針儀と鷹の翼で作られたピラミッドの文様───そして柱は壁を一撃して、粉々に砕きながら倒れ込んだ。アレックスがあれほど父に見せたがっていた文様のあったところは大きな穴がぽっかりと開いた・・・だが、

・・・同時にその穴は安全弁になって巨大な水の壁がそこから噴出した!

膨大な量の水がアレックスの作った穴から噴き出し、両親を乗せた大波が神殿の床に吐き出された。二人は全身濡れそぼってくたくたになりながら空気を求めて喘いで魚のようにばたついた。そしてやっとの事で辺りを見回すと、原型を止めないほど壊れた神殿内部が目に入った。二人は当惑で目を丸くした。
まだ咳き込んで喘ぎながら信じられないと言ったように両手を上げて座り込んだ二人は、ほんの少し前までは美しい古代の遺物だったのに今は見る影もない膨大な量の瓦礫の山に呆然とした。

「ママ・・・パパ、黙って10まで数えて・・・全部説明するから」
アレックスが言った。


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