転落者

 ウインドロックに住んでいる退職した元警察官リープホーンは,
最近シップスロック山で見つかった白骨死体の男が, 11年前に
失踪したハロルド ・ブリードラブという男ではないかと考えます。
リープホーンは , シップスロック分署に勤務するチー警部補代
理に調査を依頼します。
 チーはハロルドの妻に遺品を見せ,白骨死体がハロルドであっ
た事を確認します。遺産相続の関係で, ハロルドが一人でシップ
スロック山に登り事故にあったのか , 他に同行者がいたのか 、
死亡日はいつなのかが微妙な問題となってくるのです 。その課
程でリープホーンは、

「われわれナヴァホのあいだでは, 殺人の動機はたいていウイ
スキーか異性がらみの嫉妬によるものです。
でも白人のあいだではお金が犯罪の動機になることが多いよう
です。」
と語ります。日本でも保険金殺人など, お金が十分に殺人の動機
となる現状があります。しかし, ナヴァホ族のあいだでは, お金は
殺人の動機とはならないのです。
 チーが婚約者のジャネットに語ります。
 「 僕は必要以上に持つのは悪いことだと教えられて育った。そ
れは仲間の面倒を見ていないことになるんだよ。立て続けに3回
競争に勝ったら、すこしゆっくりしてほかの人に勝たせてやる。だ
れかが酔っぱらい運転でぶつかってきても車がだいなしになった
うえに大けがをしても、相手を訴えようとは思わない。アル中を治
すために歌の儀式をしてやろと思うんだ。
 「それでは貧しさから抜け出せない。」
 「貧しさをどう定義するかによるさ。」
 「定義なら法律書に書いてあるわ。X人で構成される年収Y以下
の家族のことよ。」
 

 物質中心の西欧文化の対局にあるのが「、ナヴァホ族の文化と
いえるようです。全ての物を, 自然さえも対等と見なして魂が宿ると
考えるナヴァホ族は, 日本人とルーツを同じくするモンゴロイドです。
太古にベーリング海峡を渡って北アメリカへたどりついた人々を祖
先とするアメリカインディアン。言葉にも魂が宿ると考える彼らは, 死
者の名を呼ぶことを憚ります。死を汚れたものとして考えます。日本
人も昔から言葉に魂が宿ると考えてきました。

 資本主義の発達の中で失ってきた大切なものをナヴァホ族は思い
出させてくれます。人間の欲望の限りなさを。必要最小限の物を持ち、
家族を大切にし、親戚や隣人と助け合って生き、美しい自然を守り、
与えられた環境の中で満足し、精神的な豊かさを求める彼らの生活
は, 一昔前の日本人の生活そのままといえます。

 トニイ・ヒラーマンは白人の作家ですが、ナヴァホ族に心ひかれ、ニ
ューメキシコのアルバカーキーに住み着いてしまった人です。ヒラーマ
ンのこのシリーズの作品によってアメリカインディアンが見直されてい
るようです。

 

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