八日日(ピオネールキャンプ訪問、サマルカンド市内、グル・エミル廟、レギスタン広場他)
Photo | Time | Report |
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9:30 | この日は朝からピオネールキャンプを訪問しました。ピオネールキャンプというのは、ロシアに昔からある制度で、子供から青年までが夏の間、林間学校、臨海学校のようなところで、数日を過ごし、運営、企画などすべて自分たちの手でおこなうというものです。ソビエト連邦各地にあり、その流れでウズベキスタンでも現在でも維持されている制度です。 サマルカンドのピオネールキャンプはサマルカンドの郊外の山間部にありました。そこまでの行程約1時間を共にしてくれたのは、昨晩の交歓会で踊り会ったウズベク青年たちです。団員総勢16名のところに20名以上が乗り込んでくれて、早速怪しいラッパとタイコのリズムに乗せて恒例のウズベクダンスが始まりました。バスの中は狭くて暑いのにほとんどクラブ(ディスコ)状態。なかでもこの写真のひげの男性はテンションが高く、「あ、静かになったな」とほっとすると、必ず奇声を発しながらまた踊り出すという切り込み隊長の役目を果たしていました。 | |
10:00 | キャンプにつくと、車中に輪をかけたような熱烈な歓迎が待っていました。子供たちが物珍しそうに私たちの行くところ行くところについてきます。 宿泊所の説明をしている間も、このとおり、窓に張り付いて離れません。そんなに珍しいかな、我々って。 |
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11:00 | キャンプでも交流会が行われました。現地の踊り中心で、それは非常におもしろかったのですが、なにせ炎天下のステージです。見るだけでも結構疲れました。 | |
11:00 | 炎天下の聴衆たちです。一番手前の団員の表情にいかに暑かったかが見えます。 | |
12:30 | キャンプではお昼ご飯もご馳走になりました。ウズベクらしく手で食べるピラフやテンコ盛りになったスイカ、メロンなどのフルーツ類、思わずヨダレが出そうになりますが、どっこい、これが「禁断の果実」でありまして、食べればきっと腹をこわすであろうことは、事前研修なんかでも充分に基礎知識を入れられてきたのです。 「食べろ」と薦めるウズベクの人たちに、「スパシーバ(ありがとう)」とごまかしていた我々ですが、スイカの種まで取って「はいどうぞ」と口元まで運んでもらうと、さすがに食べないわけにはいけません。 にっこり笑って口に入れる果物の甘いこと、「毒をくらわば皿まで」ではありませんが、一口も二口も一緒だと、開き直ってけっこういただきました。 そうして、少しづつトイレ事情のよくないこの国で、トイレと積極的にお付き合いをする生活にずぶずぶとはまりこんでいくのです...。 |
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13:30 | キャンプをあとにしたのは昼過ぎです。この時は出迎え以上の人数で出口まで送ってくれました。もちろん、賑やかなタイコとラッパつきで。 見て下さい、この人数。後ろにまだまだいるんですよ。 出口ではまたダンスが始まり、先方のウズベクダンスに対抗して、日本側も阿波踊りで巻き返しを図りました。「踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃソンソン」...。ま、とはいっても、どっちを見ても「踊る阿呆」ばっかりで「見る阿呆」はほとんどいませんでしたけどね。 |