イギリスのクリスマス、サー・ガウェインと緑の騎士について |
中世ロマンス文学の傑作『ガウェインと緑の騎士』(Sir Gawain and the
Green Knight)は、アーサー王の宮廷のクリスマスの響宴から始まります。馬に乗った全身緑色の不思議な騎士が闖入し、アーサーと円卓の騎士たちに、首切りのクリスマス・ゲームを挑むのです。試合を受けて立つのがサー・ガウェインで、一年後に緑の騎士から斧の一撃を甘受することを約束します。
緑の馬、緑のチャペル、緑の帯と、物語は一貫して自然界を表す緑色を基調に、クリスマスに始まり次のクリスマスで一年を一巡して終わります。
イギリスのみならず欧米の人々の心の故里とされる伝説の王アーサーは、ケルト民族の王といわれています。ケルトにとって緑は、聖なる森、そしてさらには永遠の生命の象徴であったのです。
指輪物語の作者であるJ.R.R..トールキンが13世紀に書かれた現存するただ1巻の写本を現代英語に翻訳したのが「サー・ガウェインと緑の騎士」です。イギリスでもう一つ有名なトマス・マロリーの「アーサー王の死」がアーサー伝説の様々な物語の集大成で叙事詩的な勇壮さを持つのに対し「ガウェイン……」は計算された構成、登場人物の心理描写、そして当時の宮廷作法と騎士道の理念の実戦と、それにキリスト教倫理を結びつけ、結局高貴な魂が神の恩寵を求め、人倫に背かず、しかも命を全うする、という円満解決の形を持っているのです。
さて、「緑の騎士」についてもう少し詳しく書きましょう。前述のように、舞台はアーサー王のクリスマスの祝宴の席上、そこに「緑の騎士」が騎馬で現れます。大男ではあっても優美、身に纏う豪華な外套、頭巾、腰帯の金具も馬の鞍も緑、髪も身体も馬も全て緑色をしています。その様子は、一切の兜、鎖かたびら、胸当て、鉄の胴着などの一切の武具を身につけず、盾も槍もっていない、ただ片手に
"他の木々の葉がすっかり枯れ落ちた時にこそ緑々としげるヒイラギの枝があった。そしてもう一方にの手には、戦斧を持っていた" (J.R..R.トールキン著サー・ガウェインと緑の騎士、山本史郎訳、原書房)
斧の一撃を互いに受け合って剛勇を競うクリスマスの遊びを提案するものの、受ける者がいません。これを恥辱と受け取ったアーサー王が自ら挑戦を受けようとするのですが、その直前にガウェインが受けて立ちます。初めにサー・ガウェインが緑の騎士の首目がけて斧を振り下ろすと、首はころりと落ちます、しかし騎士は落ちた首を拾うとからから笑って一年後の新年(クリスマス)に、今度は自分の一撃を避けずに受けること、しかもそのために自分の居所、「緑の礼拝堂」を探し当ててやってくることを約束させて去っていきます。
こうして一年が過ぎる頃、サー・ガウェインはアーサー王に別れを告げ、騎士としての誓約を守るために緑の騎士を捜す旅に出るのです。旅の途中に誠意ある裕福な騎士の城に逗留し、その奥方から言い寄られるものの婦人に恥をかかせず、しかも主人の騎士を裏切らぬようにガウェインは敬虔なキリスト教徒の姿勢を示し、最後に緑の騎士と相まみえて約束の一撃を受け(その間には緑の騎士の正体や、ただ一つの裏切り行為について紆余曲折があるが)命長らえ、自ら裏切りを戒めるために生涯よすがとなる帯を身から放さないことを誓って物語は大団円を迎えます。
現代でも、緑はクリスマスのシンボルカラーとして、キリストの血を表わす赤、希望を表わす金銀とともに、さまざまなクリスマス飾りに用いられています。11月末、イギリスの町々の市場には、もみの木やヤドリギが並び、子供も大人も胸踊らせて、クリスマスの飾りつけを共に楽しみます。クリスマス・ツリー、キャンドル、ヤドリギ、聖歌、クリスマス・ディナー、そしてプレゼント、これらは今ではすっかりクリスマスの定番となっていますが、もともとはキリスト教ではなく、それぞれ異教の習慣を結びつけたものであったようです。
イギリス特有の「ヤドリギの下のキス」("the kissing under the mistletoe"、クリスマス飾りのヤドリギの下にいる女性にキスをしてもよいという習慣)のヤドリギ飾りも、もともとはケルトのドルイドや北欧の神話にみられたものでした。万物が枯れ萎れる冬に枯れ枝の中に緑々と丸く枝を張る宿り木は、生命の象徴であり、不可思議な神の力の宿るものと考えられたのでした。
『ガウェインと緑の騎士』をはじめとするアーサー王ロマンスが、ケルトの異教の王とキリスト教精神を結びつけたように、人々は皆がクリスマスを楽しめるよう、さまざまに異なった異教の習慣をもとり入れてきました。
緯度の高いイギリスでは、11月になると午後3時にはもう日が暮れてしまいます。長く厳しい寒さのイギリスの冬、クリスマスは、宗教行事であると同時に、やがて冬は去り、明るい季節がやって来るという希望と心の張りを、人々に与えてくれるお祭りでもあるのです。
勇者の剣 "Sword of the Valiant" |
1982年 イギリス 101分
スティーヴン・ウィークス監督 マイルズ・オキーフ シリル・クレア レイ・ローソン ショーン・コネリー トレヴァー・ハワード ピーター・カッシング ロナルド・レイシー リラ・ケドロワ ジョン・リス・デイヴィス
アーサー王ロマンスの中の円卓の騎士ガウェインと緑の騎士のエピソードを扱った冒険活劇。緑の騎士をショーン・コネリーが演じている。顔も体も緑色、半裸で毛深い胸をはだけ、牡鹿の枝角のある兜を被り、威厳のある声で威厳のある台詞を話す。ケルトの森の大神、ケルヌノスをイメージしたものと思われる。