村の入り口は村の玄関です。ここに念願の看板を立てました。「泊、若狭彦姫神社、蘇洞門、夫婦亀、酒事、韓国船遭難救護の記録…」などの文字と写真で構成しました。
祖先が大事に伝えてくれた自然や景観、歴史を大事にし、伝えていくのが私たちの世代の役割だと考えます。私たちも、このふるさとの祖先になってゆくんです。
高度経済成長の中、山海で働いていた暮らしから、サラリーマン化、仕事もバラバラになってしまいました。地域のつながりまでもが希薄になりがちです。こんな状況を憂い、何とかつながりを再生したいという思いから「泊の歴史を知る会」が発足しました。
心をつなぐのは、歴史や伝統行事、区民の交流だと考え活動を始めました。漁師、会社員、公務員などそれぞれ職域はばらばらですが、ふるさとへの想いは同じです。7人の事務局員で企画、運営し、区民全体の自主講座、研修視察、古老と語る会などの行事を行っています。区のかわらばん、オリジナルカレンダーも毎年発行し続けています。
「韓国船遭難救護の記録」は、そんな活動の中で再発見した宝物です。明治33年ウラジオストク近海で遭難し、厳冬の日本海を2週間漂流した大韓帝国船籍の船「四仁伴載」には、93名の韓国人が乗船していました。凍死または餓死寸前の民が到着したのは泊の沖でした。救護、保護活動のなかで、言葉がまったく通じない民同士の間に温かい友情が生まれていきます。見送りの浜辺では、韓国人と区民ともに袖を絞るほどに涙を流し、家族と同じような気持ちで別れを惜しんだことが文書の中にも記録されています。
韓国併合の10年前の話です。
2000年は、この記録からちょうど100年目にあたります。この記録を広く伝え、この歴史事実をもとに善隣友好の風になればと願っています。一隅を照らせば世界に広がる時代。こころを伝えれば必ず通じると信じます。ふるさと小浜は、古来から大陸への玄関であったことを改めて誇りに思い、小浜からこころの宝物をどんどん世界に発信していきたい思っています。